「調和の外に道ある可らず」
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時事新報に掲載された「調和の外に道ある可らず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
調和の外に道ある可らず
近頃進歩黨は何か政府に要求し政府は其始末に困却して方に悶着中なりと云ふ進歩黨の側より考ふれば此際當局者の奮發を促すは至當の處置にして強ち無理と云ふ可らず近來政府に失體多きは何人の目にも明白にして世の物論も喧しきことなれば若しも此ままにて押行かんには遂に或は意外の變を生ずることなしと云ふ可らず進歩黨に於ても自から心配なきを得ざるのみか其責を分たざる可らず意見は思ふ樣に行はれずして失策の責には任せざる可らずと云ふ如何にも心苦しき次第ならん議會の開塲を目前に控へたる今日、聊か爲すあらんとするは當然のことなれども又政府の方には自から政府の事情ありて一一進歩黨の要求を容る可きに非ず例へば異分子を淘汰せよと云ふが如き隨分亂暴なる申出にして假令ひ政府に於て心竊に賛成するも公然同意なりと返答すること能はざるのみならず自から方に斷行せんとて思案中なりしとするも外より要求あれば態と差控へざるを得ず何となれば局外者の注文に依て閣臣を動したりとありては政府の威信遂に立つ可らざればなり元來進歩黨派の新聞紙などが政府に味方しながら當初より伴食云云と稱して閣僚間の折合如何に注意せざりしは如何にも不心得至極にして今日の不如意も幾分か自から招きたるの意味なきに非ず文筆に從事する者は深く察せざる可らずとして扨今日の問題を如何にす可きやと云ふに我輩は只双方に向て事の結果を想像せんことを勸告するのみ進歩黨は騎虎の勢、中止す可らずとて飽迄も其要求を貫かんとし、政府に於ては無理なる注文、應ずるを得ずとて一切これを拒絶せば如何、進歩黨は政府と離縁して自から反對の地位に立たざるを得ず反對に立て放言壯論す、自から愉快なるに似たれども折角提携して不如意ながらも次第に其歩を進め黨員中にも採用せられて要職に在るもの少なからず是れより追追佳境に入らんとするの時に當り一時の行掛より忽ち落路の人と爲り年來の苦心を水泡に歸せしむるは遺憾にして世人も亦その智慧なきを笑ふことなる可し且つ我政黨は尚ほ幼穉にして未だ其獨力を以て政府を組織すること能はず今後とても志を行はんには必ず他と聯合せざるを得ず聯合すれば自から多少の不如意を免れざるは當然なり况んや其要求なるものを一一點檢し來れば政府の面目に於て公然承諾す可らざるもの多きに於てをや進歩黨は深く自から省ざる可らず又政府の側面より觀察するに假令ひ進歩黨と離れたりとて必ずしも維持す可らざるに非ず塲合に依ては議會をも解散す可しと决心すれば一時命脈を保つことを得べしと雖も議會の多數を制するに非ざれば只徒に風波を〓するのみにして到底何事をも爲す可らざるは前例に徴しても明白なり左ればこそ政黨と結託したる次第なれ聞く所に據れば當局者は増税問題や對議會策は第二の問題として先づ政府立脚の大方針を定めざる可らずとて閣外の元老とも相談したりと云ふ相談も塲合に依ては或は必要ならんと雖も内閣は結局民論の上に立つ可きか將た其以外に超然たる可きかの問題は政黨と提携の當時に於て既に决定したる筈にして今更ら彼れ此れ思案す可きに非ず現に政府が曾て宣言したる施政の方針に於ても内は國民の輿論に考へと云ひ又議會の恊賛を完うす可しと云ひしが如き以て其向ふ所を察するに足る可し或は又假令ひ今日進歩黨と離縁するも他の黨派と結託して議會の恊賛を完うするの望なきに非ずと云はんかなれども旦に甲と結び夕に乙と親み昨日採用したる人材を今日免職して明日又更に新人材を迎ふるが如きは輕卒の甚だしきものにして漫に政治を弄ぶものと云ふ可し况んや目下の事情に於て新に多數の政友を議會に求むるは頗る難事たるに於てをや詰り進歩黨との離縁は政府の運命に少なからざる影響を與ふるものと覺悟せざる可らず政府は開業以來僅に一年を經過したるのみ其間には失策も少なからずと雖も國民は未だ望を絶つに至らず何卒して今一たび奮發せしめんことを思ひ在野の政客も亦時機尚ほ早きを察して強ひて取て代らんとするの模樣なし外よりは何人も迫るものなきに内に自から風波を生じて自から窮境に陷るが如きは失體の甚だしきものと云ふ可し之を要するに双方とも其主張する所を主張して讓らざるに於ては共倒れの不幸を免る可らず思ふて一たび此に至れば共に豁然として悟ること難からず調和の道は即ち其中に在る可し我輩は政府に對しても又進歩黨に對しても固より一毫の恩怨なし只國の爲めに其體面を全うせんことを希望するのみ