「波瀾後の覺悟」
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時事新報に掲載された「波瀾後の覺悟」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
波瀾後の覺悟
政府と進歩黨とが中途にして提携を絶つに至りしは我輩の遺憾とする所なれども双方の所見相容れず到底事を共にする能はずとならば是非もなし只此上は互に男らしく擧動して互に面目を全うせんことを望むのみ自由黨が一朝志を失ふや其統一を保つ能はず或は脱黨するものあり又は分離するものありて殆んど收拾す可らざる有樣に陷りしは世人の竊に顰蹙したる所なり今や進歩黨亦將に失意の地位に立たんとす其内には離縁尚ほ早しと考ふる者もあらん或は又一身上種種の事情より當局者と絶つに忍びざる者もあらんと雖も進むときは全黨足並を揃へて進みながら退くときには四分五裂或は降參するものあり或は脱走するものあるが如き寧ろ醜態と云はざる可らず勿論黨議には何處までも服從せざる可らずと云ふは餘りに窮窟なる議論なれども大抵の事は我慢して互に折合ふに非ざれば政黨なるものは到底成立つ可らず人の意見の異なるは猶ほ其面の如し一より十まで思ひのままに進退せんとならば始めより黨派などに加入せざるこそ得策なれ其黨に加入したるは人人個個に運動せんよりも相共に團結して事を共にする方便利多かる可しとて即ち小異を捨てて大同したることなれば中途より仲間を脱するは當初の素志に背くものにして假令ひ一時は利益することありとするも永久の利害より云へば恐くは損毛多かる可し政友には見限られ世間よりは種種の惡評を蒙る其間に身を立てんとするには自ら困難なきを得ず現に方向を變じたる人人の末路を見れば思ひ半ばに過ぐるものあらん進歩黨員に向ては〓〓堂堂隊伍を整へて名譽の退陣を望むと共に政府に對しても聊か注意する所なきを得ず政治家の離合は元と公の沙汰にして私情に出づるに非ざれば其間に一點憎惡の念を挾む可らず提携の時に笑て手を握りしが如く離るるときにも亦笑て手を絶つこそ男子の本色なれ若しも女女しき根性を起して我に背くなどとは憎き仕打なりイザ返報せんとて眼に角立て些細の手落をも咎めんとするが如きは只その度胸の狹隘なるを示すのみにして却て敵をして天下の同情を得せしむるものなり從來政治の爭に動もすれば法律を擔ぎ出して或は反對派の運動を妨げんとし又は其新聞紙を苦しめんとしたるは毎度の事にして見苦しき限なれば今後は决して斯の如き小政略を繰返へすことなきのみならず男子の意地としても此際特に奮發して大に爲す所なかる可らず既往の事蹟に徴して現内閣は其宣言を實行するの誠意なきものと認む因て提携を絶つとは進歩黨が天下に宣言する所なり果して其言の如く行政をも依然整理する能はず臺灣の不始末をも始末すること能はずんば徒に孺子をして先見の名を爲さしむるのみ世間に對して面目ある可らず特に人材登用の如きは一層盛にして辭職者の後任には自から適當の人を得ると共に其任命も迅速ならざる可らず若しも臺灣總督の更迭談の如く何時までも埒明かざるか若しくは途方もなき人物を採用することもあらんには恰も政府の生地なきを示すものにして只世の物笑と爲らんのみ隨て今回破裂の源因たる増税案にも賛成者を得ずして遂に政府は見苦しき最後を遂ぐるの外ある可らず近頃當局者の意氣盛にして進歩黨、何物ぞ提携を絶たんとならば絶つ可し大隈とても強ひて留めはせずと云はぬ許りの勢なりと云へば其善後策に付ては必ず成算あることならん知事局長等の補欠は勿論、大隈が辭職すれば其後任には何人を以てす可しと胸中既に定まる所あることならん斯くてこそ始めて面目も立つことなれ呉呉も狼狽の體なからんこと我輩の切に望む所なり