「政局の變化」
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時事新報に掲載された「政局の變化」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
政局の變化
今回進歩黨分離云云より大隈の辭職と爲り文部農商務異動を見て或は遞信の地位も日ならず更迭す可しと云ふ政局の一變化にして政府の容子も自から從來の趣を改めたるが如し或は此有樣を見て純薩内閣などの名を下すものなきに非ざれば今後の政界には自から藩閥攻撃の聲を聞くことならん即ち大隈の去りたると同時に政府に入りたるものは藩閥臭味の輩にして純薩の名果して空しからずなど云云することならんなれども抑も薩人と云ひ長人と云ひ等しく日本人にして今の政府に薩人臭味のもの多きは前内閣の時に自から長州縁故のもの多かりしと同樣、特に怪しむに足らず所謂藩閥出身の長老を以て政府を組織するは年來の事實にして今日まで經過し來りたることなれば一人の大隈が在るも在らざるも政府の全體に差したる變化はある可らず我輩は此點に於ては一切頓着せず苟も文明の政を行ふの覺悟あらんには文明の政友として之を認むるのみ左れば藩閥云云の攻撃は敢て掛念するに足らずとして扨實際に目下の政局は内外共に多事多難にして當局者の責任甚だ容易ならず世間一般の情に於ては伊藤大隈の如き兎に角に第一流の政客と認められたる其人物の恊同一致を望むこと甚だ切なる此塲合に大隈は事の行掛りより辭職の止むを得ざるに至りし次第なれば今の當局者たるものは大に奮發して一般の希望を空うせざるの覺悟なかる可らず思ふに今回政局の變化に就て二三の地位に更迭を行ひたるは政府の基礎を固くして立派に遣て見せんとの决心ならん其决心甚だ可なり目下の難局に當るものは自から是種の自信なきを得ず我輩の頼母しく思ふ所なれども人事の不如意は浮世の常態にして一時の勇氣に乗じ事を易く見て漫に進むときは實際の塲合に齟齬の掛念なきを得ず充分に自信の决心を蓄へながら大に注意して違算なきを期すること肝要なる可し聞く所に據れば政府は既に増税の議を决し議會に提出の覺悟にて進歩黨の分離、大隈の辭職も事の原因を尋れば此問題の爲めなりと云へば提出の曉には必ず反對論を凝ることならん抑も増税の一事は目下の實際に止を得ざるの决斷にして何人の考にても此外に工風はなかる可し或は後の始末を顧ずして單に姑息の計に出でんには自から一事遣繰の算段もあらんなれども斯くの如きは苟も責任を知るものの爲す可き所に非ず今の當局者が自から責任を重んじて自から决斷したる其勇氣は甚だ稱す可し我輩は只實際に其目的を達せんことを祈るのみ或は議會の多數にしていよいよ反對とあらば解散を賭しても飽くまでも目的を達せざる可らずとの説などもあることならん時宜に由りては解散の止む可らざる塲合もあらんなれども解散は最後萬一の手段にして容易に云ふ可らず巧に議會の多數を制して無事に目的を達するこそ政治家の伎倆なれ即ち其手段は我輩の兼兼勸告したる如く部内の改革を行ふて一般人をして政費増加の止むを得ざる次第を了解せしむるは勿論増税案提出と同時に從來苛細の税法を改正し又地方税などの中にて繁雜無益の税目をば斷然廢止して地方の細民を喜ばしむる事、大に人望を收むるの手段を行ひ又一方には陰陽表裡に議員を操縱して兎に角に多數を制するの工風を運らす可し當局者に自信の固きものを存して充分に覺悟を極めながらあらゆる手段を盡して大に天下の人望を收むるときは議會内外の人人も自から同情を表して實際に目的を達すること敢て難きに非ず我輩の平素より勸告したる所なれども今回の變局に際し更らに一言して注意を促すものなり