「政府の前途」
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時事新報に掲載された「政府の前途」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
政府の前途
今回の政變は政府の基礎に如何なる影響を與えたるか當路者の深く察す可き所なり内閣の維持に第一必要なるは部内の統一にして假令ひ人物が朝に滿つるも其方向定まらざれば船頭多くして船を山に登らしむるの憂を免る可らず今の政府に今日まで見る可きの成績なかりしは名案なきが爲めに非ずして寧ろ統一を欠きしが故のみ左れば今回の更迭に二流三流の人物を容れたる其人物は兎も角も政府の統一上には自から便利なる可しとして扨對議會の一段に至りて進歩黨との提携を絶ちたるは前途に少なからざる困難を招きたるものと云はざるを得ず去る者は追はず來る者は拒まず政府は政府の所信を行はんのみと云ふも實際議會に多數を制するに非ざれば何事も爲す可らず當局者は如何にして此議會を切拔けんと欲するの覺悟なるか聞く所に據れば進歩黨の代議士は凡そ八十六名自由黨七十九名、國民恊會廿名にして進歩黨の別働隊とも云ふ可きもの十名もあるよし都合百九十餘名は先づ反對と見る可きものにして公同會の四十名内外と無所屬六十名許りは盡く政府に賛成する者としても味方は僅に百名に過ぎず或は曾て自由黨を分裂せしめたる筆法を用ふれば猶ほ同黨の内より多少の賛成者を得べく進歩黨の中にも亦志を飜へす者なきに非ざる可し又國民恊會の或る部分は政府に賛成との説あれども兎に角に此儘にて過半數を制するは覺束なしと云はざる可らず議員去就の豫想は凡そ右の如しとして先づ以て反對多數と認む可き其處に政府は既に増税の議を决して提出の覺悟なりと云ふ恰も民黨輩年來の禁句に觸るるものにして議塲の反對論は必ず凄まじきことならん對議會の方面に於ける政府の困難は斯る次第にして然かも其困難は既に目前に迫りつつあることなれば政府に於ては自から之に處するの覺悟あることならん巧に議會を操縱して無事に難塲を切拔けんか大に民論と鬪ふて運命を决せんか其邊の覺悟は自から當局者の方寸に存することとして我輩の政府に望む所は今回の政變に處したる果斷の筆法を其儘一貫して此際大に目覺ましき改革を斷行し以て天下の耳目を新にするに在り先づ差當り部内の老朽者を淘汰して新人物を登用し施政上萬般の敏活を謀るは勿論、臺灣の改革の如き我輩の毎度勸告したる如く有爲の人物をして局に當らしめ速に實を擧げしむ可し又いよいよ増税案提出の覺悟ならんには同時に從來苛細の税法を改廢して人民をして無益の勞費を免かれしむる中にも兼て政府の持論なる監獄費國庫支辨の如き此際决行を期す可きものなり其他運輸交通事業の不始末の如き世間の苦情聞くに堪へず片時も捨置く可きに非ざれば直に其不始末を始末して一般の不便を除くと共に更らに改良擴張に着手する等、片端より颯颯と改革の實を行ふて天下の耳目を一新す可し對議會の困難は即ち困難ならんと雖も苟も政府の局に當りて責任を全うせんとするには困難は覺悟の前として斷じて進まざる可らず我輩は單に對議會の爲めのみならず當局の責任として此際の大决斷を勸告するものなり