「内政外交」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「内政外交」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

内政外交

今の政府は内政外交の刷新を旗印として起りたるものなれども未だ何れの部面に於ても著しき成績を見ざるは我輩の遺憾とする所なり先づ内政の始末を見るに貨幣制度の改革は英斷と云へば云ふものの實際に於ては我東洋貿易を困難ならしめたる外、格別の効能も見えずして識者の間には輕卒なりとの非難少からざるのみか通過は膨張し物價は騰貴して輸出入は平均を失ふと共に商工業者は頻りに金融の逼迫を訴ふるなど經濟社會漸く異状を呈し來れるは畢竟するに財政の處置その宜しきを得ざるが爲めならん又人材登用の如き一時は多少實行して舊物を排斥したれば官海の空氣も自から一新の色を示したれども中途に失敗して舊に復したるは徒に官海を騷がしたるものにして遺る所のものは只事務の澁滯と不安の念とのみ其他行政整理と云ひ臺灣の始末と云ひ高等法院長の處分と云ひ何れも失體の著しきものにして要するに一年の歳月を混雜の間に送りしものと云ふ可し而して今日の有樣は如何と云ふに議員の操縱に汲汲として毫も他を顧るの遑なきものの如し如何にして自由黨の歡心を得んか如何にして進歩黨を裂かんか如何にして公同會の不平を慰せんか又如何にして國民恊會を招かんかとは政府が全腦を擧て苦心する所にして自由黨に向て二大臣の椅子、六七の知事及び五局長の地位、選擧入費の支出等を條件として提携を求めたるは正に其内情を示す者なり今や外交界は甚だ多忙にして寸時も注目を怠る可らず米布合併問題は追追運命を决す可き時節に向ひたるのみならず近く東洋の方面を見れば危機日に切迫するものの如し朝鮮に於ては殆ど傍若無人に侵入して其兵馬を訓練し其財政を監理して恰も之を掌中に弄するものあり而して支那の形勢も頓に變調を呈せり獨逸が意外にも膠州灣を占領して穩ならぬ擧動に及びたるは單に一時の間違として見る可らず北京政府に向て碌碌談判もせず恰も宣教師の殺害を好機として突然此擧に出でたる形跡より考ふるも又膠州灣は露國掌中のものなるに態態之を占領したる事情より察するも必ず深き仔細あるものと認めざるを得ず果して然らば大政の責に任ずる者は專ら外交に注目して萬一の塲合に處するの用意肝要なるに然るに内の有樣を見れば至る所不始末だらけにして其始末に困却し只管對議會策に汲汲として復た他を顧みるの餘裕なしとは如何にも堪へ難き次第と云ふ可し或は議員の操縱は目下の急務にして議會の多數を制するに非ざれば戰後の經營を全うする能はずと云はんか如何にも其通りなれども政府の仕事は單に對議會策の一事に止まらず否な對議會策の如きは只其一小部分に過ぎずして若しも當局者の處置その宜しきを得ば議會は必ず政府を歡迎せんのみ其然らずして今日の難局に陷りたるは畢竟力の足らざるが爲めか然らずんば平生不養生の結果と云はざる可らず我輩が豫てより大に人材を〓〓し〓〓一致して内の不始末を始末す可しと勸告するは外に向て〓〓の力を養はんが爲めなり今や〓に戰後の經營のみならず更らに戰前の經營に着手せざる可らず東洋の形勢は日に切迫して危機一髮の状あり何時如何なる變も測る可らざる時に當り内の始末さへも覺束なき樣にては誠に不安心に堪へず深く自から省みんこと我輩の敢て當局者に勸告する所なり