「郵船會社の臨時總會に就て」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「郵船會社の臨時總會に就て」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

郵船會社の臨時總會に就て

日本郵船會社は當半期の利益少なくして到底株主に配當の餘裕なきを以て過日の總會に無配當を决議したるに一部の株主中には此際一方に會社の積立金を■(にすい+「咸」)じて株金の配當に充つると共に一方に特別助成金を政府に要求して容れられざる塲合に處する方針を豫め議决し置かんとの意見を懷く者あり既に成規の賛成を得て會社に臨時總會を請求し近近開會の運に至る可しと云ふ郵船會社の外國航路に特別助成金を與ふ可きや否やは年來の一問題にして種種の議論あれども政府は果して今度の議會に其案を提出するや否や又いよいよ提出の塲合には議會の恊賛を得るや否やは事の實際に臨まざれば如何とも判斷を下し難き所にして議會の形勢さへ判然せざる今日に會社が該案否决の善後策を講ぜんとするが如き大早計の甚だしきものと云はざる可らず一部の株主等が善後策を唱ふるは畢竟海外航路を中止するか又は會社の解散を斷行するか二途の内にあらんなれども果して斯る必要あらんにはいよいよ特別助成が成立せざるものと定まりたる曉に議するも敢て時機を失したりと思はれず左れば彼等が最後の决心を云云するが如き要するに事を重大にする口實に過ぎずして實際臨時總會に於て問題となる可きは積立金を■(にすい+「咸」)じて配當に充つるの一事にして其决着の如何は會社將來の營業并に株主の利益に關係する所少なからざる可し或は此問題は昨今撤回の相談あるよし果して然らば自から其非を悟りたるものにして甚だ妙なれども試に我輩の所見を述べんに元來資産家が會社の株式に資本を放下して株主となる其目的は營利の爲めにして相當の配當を見積りて夫れ夫れ事業を營む者もある可し或は之に依て生計を營む者も少なからざる譯なるに然るに半期間全く無配當とありては株主の爲めには堪へ難き次第にして如何樣にもして配當を得んとするは自然の情と云はざる可らず其間自から斟酌す可き事情もあらんなれども會社の積金を割いて配當に充てんと云ふに至ては株主の利益より割出して果して得策と云ふ可きや否や甚だ疑はしき其次第は會社が船舶の保險修繕若くは船舶の■(にすい+「咸」)價を補ふが爲めに利益の一部を積立るは航海の如き危險の多き事業に欠く可らざる仕組にして積立金の本質を云へば正しく非常凖備に外ならず其多寡は直接に會社の信用に關係する者なれば多多ますます凖備の増加を謀るこそ會社の本分と云ふ可けれ營業の基礎にして堅固なれば株式は次第に世間に重んじられて自から繁昌の基となり株主に利益を與ふるは必然の數なるに今度の要求の如く積立金を■(にすい+「咸」)じて會社の基礎を破壞し去らんには今後會社は舟舶の維持修繕にも差支を生じて或は非常の困難に陷るの恐なきに非ざれば營業は衰微し株式は價格を失ひ銀行に於ても抵當品として取扱はざる抔の不始末を來し株主の爲めに此上もなき危險を招くに至る可し恰も自身の肉を割いて一時の飢を凌がんとするの〓にして我輩の到底賛成を表し難き所なり思ふに外國航路の如き大事業を營むに當て〓〓〓〓〓に〓〓する〓〓初より〓〓す可き所なるのみならず今度の無配當の如き會社が戰爭中臨時に得たる利益を配當凖備として積立ずして新株の拂込に充てたるこそ其原因にして今日の失躰あるは甚だ明なるに多分の配當ある塲合には一言の質問もせずして懷に收めながら少しく營業に困難を見れば種種の苦情を持出すが如き株主の無定見を暴露するものに非ずや若しも郵船會社の當局者が實際無能にして營業上の不始末も之が爲めなりとあれば充分證據を擧げて責任の在る所を明にするこそ株主の任なるに會社の基礎を破りて一時の慾を充さんとするが如き斷じて許す可らず要するに臨時總會の請求たる株式の下落に苦しむ輩が一時の景氣を付けて以て目下の急を免かれんとするが爲めなりと云はるるも殆んど辯解の辭なかる可し眞實事業永遠の繁昌を希望する株主には自から説あらんなれ共我輩は傍觀者として臨時總會の輕擧を警しむる者なり