「郵船會社重役の責任」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「郵船會社重役の責任」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

郵船會社が過日の總會に於て無配當を決議するや一部の株主中には此際會社の積立金を減じて株金の配當に充てんと希望する者ありて既に臨時總會の請求に及びたれども到底通過の見込なきを以て先頃右の議を撤回したりと云ふ即ち株主自から其非を悟りたるものにして斯る輕忽の擧動に贊成者の少なきは當然の事なれども更に我輩の所見を以てすれば今度の無配當に就ては會社の重役に於て充分その責に任ぜざる可らざるものありと信ずるなり會社營業の實際を聞くに當半期には兼て外國に注文したる新造船の到着したるものも尚ほ多からずして在來の船舶を以て外國の航海に充つる始末なるを以て航海奬勵法に依て得る金額も甚だ少なきのみならず歐米航路も創業日尚ほ淺く費途も意外に揄チして收支相償はざる有樣なれば無配當は已むを得ざる次第なりと云ふ簡單至極にして無配當も致方なしとして諦むるの外なきが如くなれども一方より考ふるに當半期に會社の收u少なかりしは不時の天災等に出でたるに非ず歐米航路の損失に由るものにして斯る損失は當局者に於て豫期する能はざる所なるやと云ふに決して然らず今日の成行を呈するは航路開始の當時より明白なる所にして若しも當局者にして豫め其損失を避けんとならば相應の手段を運らすに充分の餘日ありたるに然るに從來當局者の爲す所は却て反對の方針に出でたるものゝ如し即ち戰爭中不時に得たる巨額の利uは如何に處分したりやと云へば配當準備として永く會社に積立て置くことを爲さず其過半は株主に分配して新株の拂込に充て殘額は本年の上半期に於て盡く株主に分配し終れり之が爲めに會社は常に一割以上の配當を維持するを得たれども前途の收uも計り知る能はざるに妄りに其餘金を處分するが如き淺慮の甚だしきものにして今日無配當の失躰を招きたる原因は畢竟茲に在りと云はざるを得ず多年遣り繰り算段にて世間普通以上の配當を爲し營業の繁昌を装ひつゝありし間は會社の株式も相當の價を保ちたれどもいよいよ無配當の失躰を暴露したる今日に於ては何人も會社の前途に就て掛念を懐かざる者なきは必然の成行にして斯る不始末を招きたるは重役の輩が一事株主の甘心を繋ぐの方便とし餘金の在るに任せて漫に配當を試み前途の難關に注意を怠りたるが爲めなりと云はるゝも辧解の辭なかる可し郵船會社の株主は目下三千七百五十餘名にして其内には自から投機専門の客もあらん或は敏活に株式を賣買する商人もあらんなれども又會社が國中の大會社にして其株式も帝室の財産たるを見て非常の信用を置き殆んど世襲財産と同樣の考にて株式を所有する者も少なからざる可し是等の人々は多くは株式の配當に依て一家の生計を營むものにして例へば五十株を所有する者は一割の配當を得るとして一年二百五十圓の收入あれば之を以て小供の教育費に充つるなど綿密に計算して配當を豫期しつゝある處に突然無配當となりては此上もなき迷惑にして假令ひ小供の教育を廢せざるまでも自から他の生計費を節するなどの不幸を見ることならん斯くの如く株主の生計に意外の違算を生ぜしめて一方ならぬ迷惑を掛けたるは重役の不注意に因るものなりとすれば重役たるものは株主に對してコ義上の責を免れざる可し或は商賣上にはコ義上の制裁なしとの説もあらんにはコ義の談は姑らく之を擱き單に營業の利害より云ふも前半期には一割を配當し後半期には全く無配當など非常の激變を見るときは會社の株式が自から信用を失ふは當然の事にして毎半期の配當を見込みて株式を所有する着實の株主は次第に會社を見離し其株式は自から相塲の浮沈變動に乗じて一時の奇利を博せんとする投機業者の手に入るに至る可し會社の爲めに謀れば着實なる資産家の株主に多きこそ甚だ望ましき所にして投機業者の流が多數を占むるは只騒動混雜の種子を蒔くに過ぎざるのみ會社の營業上には由々敷妨害を見ることならん郵船會社重役の處置は取も直さず斯る不始末を促すのものにして啻に株主に一時の迷惑を與ふるのみならず會社永遠の利害より云ふも非常の不幸と云はざるを得ず事の不始末かくの如きにも拘はらず株主中に之を問ふものなきは我輩が解するに苦しむ所なり