「福澤先生浮世談/新内閣組織の第一要義」
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時事新報に掲載された「福澤先生浮世談/新内閣組織の第一要義」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
過日関西地方の某氏が福澤先生を訪問のとき四方八方の談話中當日は先生閑暇の時にて凡そ半日ばかり陳べ續けられたる其事ネは多くは浮世の男女交際法即ち男子の不行状、婦人の無勢力よりして遂に家道を紊亂するの事實を痛論したるものにして席上に本社の矢野由次郎共が先生の所言を速記せしたる之を福澤先生浮世談と題して數日の紙上に掲載すべし
福澤先生浮世談
福澤諭吉口述
矢野由次郎速記
維新以來の文明が段々進歩するに連れて婦人論と云ふものがなかなか喧しくなつて或は女子教育の爲めに集會を催ほし或は女學校を造るやうな話が世間に幾らもありますが其大本を尋ねて見れば兎に角に日本婦人は智識が乏しい從て女子相當の權力がない、男女同權、男子も婦人も共に一軒の家に居り、一國の中に住居して双方相對して多少の輕重もない筈なのに日本の婦人は如何にも其身相應の勢力がない家に在ても然り交際集會に於ても其通り、日本の國を男子一方で持切にして婦人はあれども無きが如く如何にも損ぢや、だから如何しても婦人の地位をずんと進めて男女共に國を持ち家を保つと云ふことを遣らなければならぬ其大本は只智識にある即ち女子教育の必要なる所以であると斯云ふ意味であるらしい
あるらしいが總て今の婦人が世間の論者の言ふ通りに只教育のない許が婦人社會に勢力のない原因であらうか論議に就ては大に疑がある私の見る所では〓うでなくして本當の大原因はもつとどうも手近い處に在りはしないかと思はれる、と云ふのは今婦人に權力がない男女の權力が平均しないと云ふことは是れは西洋諸國と日本とを比較して〓う云ふのであらう〓うすれば西洋の婦人が彼れ程の勢力を持て居ると云ふのは教育があるからで日本の婦人は教育がないと云ふ許であらうが其邊は大に吟味しなければならぬ點と思はれる
平均すれば日本の婦人には西洋の婦人に比較した所で教育は少ない、少ないには違ひない、違ひないけれどもモウ一つ日本と西洋と比べて見て大に違ふ所がありはしないか、其大に違つて居る所を日本の論客が容易に看過して何とも氣に止めないと云ふのは如何にも分らない話、其大に違ふと云ふ所は何處であらうか西洋は一夫一婦の國である日本は一夫多妻の國である此位な大變な違ひはないぢやないか其事に就ては一寸とも今までの彼の論客、教育者と云ふ人達が一言も論じたことはないぢやないか、何の事だ實に馬鹿氣た話ぢや、其大本を問はずに只教育がない教育がないと云たところが詰り何の役にも立ちはせぬ
先づ日本の教育―婦人教育を遣るならば多妻法と云ふことを第一番に打倒して仕舞はなければならぬ其事に氣が〓〓〓只其學校を造るの集會を催ほすのと〓れ〓〓〓〓〓〓つて役〓〓〓〓にも〓やしない〓〓日本の多妻と云ふの〓〓〓〓〓〓〓いことでマア何千〓〓〓〓〓た事〓〓〓〓〓〓が近〓の文明開化に〓ん〓〓〓々其〓に〓〓〓してどう〓工〓をする人がありさうだと思ひの外却て甚だしくなつた、と云ふのは昔は多妻法で一妻一妾どころの話ではなく一妻多妾、大名などゝ云ふものは大層な事であつた、けれどもそれは窃と靜にして置て世間に現れることが甚だ薄かつた此節は青天白日金さへあれば内儀さんは幾人でも、是れは事實ではないか、ソレどころの話ぢやない東京にした所で昔の江戸の時には遊女があつた吉原深川と云ふやうなところに遊女屋があつて如何しき女は居たけれども藝者―市中の藝者と云ふ者は決して賣淫婦ではなかつた、酷く喧しかつた、所が此節の藝者と名くる輩は先づ平均して賣淫婦ならざるはなしと申して間違ひはなからう、さうするとコ川時代よりか一歩も二歩も進んで此東京市中は皆吉原深川になつて仕舞た卑劣な言葉を使ふと湯屋の歸りにも女郎買いが出来ると云ふ事は今の有樣、どうしたつて多妻法が盛になつたと云はなくてはならぬではないか
それから王政維新の其時に世の中に妓を掩して天下の事を語る抔と云ふことが大きに流行してイヤもう亂暴狼藉、其事實に殘つて居るのを見るが宜い、今の貴顕紳士とか何とか云ふ人達の那のお内儀さんの系圖を糺してみるが宜何處から來ているか、私は一々其名を指すと云ふことはしませぬが大概捜したらヂキ分るであらう、あれでも大抵趣が知れて居るではないか、古き言葉に上の好む所、下之に從ふと云ふソコで國家の長老の爲る所は〓〓生これに習ふと云ふのは固より當然な話で、既に〓云ふ例が見せてあるから後進の者が或は藝者を〓出て内儀にした〓女を身上して奥樣にしたと云ふやうなことは耻の中の部分に這入らんで當然の話だ、ソレ所ではない、そんな亂暴不行状をすれば男子の〓エライなどゝ誇ると云ふ程の次第である今外國に職業婦の出るのは國の耻だと云ふて嚴しく之を差止め開〓塲から船の出る時などには中々喧しい樣子であるが抑も職業とは金錢の爲めに婬を賣ると云ふことであらうが斯る婦人を職業婦と云へば今日唯外國に出稼ぎする者ばかりでなく日本國内の立派な處に澤山稼いで居るではないか光り輝く東京の眞中野立派なれ席に其職業婦が居るではないか此一段に至ては如何しても日本人が外國人に對して何としてもどうも申譯のない話で、なんと攻撃されても答辧に一句の言葉がなからう其癖是れは日本の不外聞、其れは西洋人が見て居るからなんと云ふやうな事を鹿爪らしく論じて居るが足元から鳥が立つ自分達が自國に居て青天白日、見るに見られぬ醜體を人に見せ世界中の人に披露してソレで耻しくなか誠に勘定の合はぬ話だ
さうして其男女交際法に於て男子が婦人を奬勵して或は紳士達の集會の席にも婦人が出て行くが宜い西洋の婦人が來るから日本の婦人も行くが宜い西洋の婦人がバタを嘗めるから日本の婦人もバタを嘗めるが宜しい牛もたべるが宜しいとか何とか云ふ〓は幾らもあるが〓て其〓た時の〓〓はどうだ例へば〓に客會を開いて西洋人の歴々方が夫婦連で幾らも行って來る、日本のお〓〓〓〓人〓〓でずつと出掛けて來る出掛けて來た〓で〓〓〓〓〓つてた〓が出る、〓すると〓ろも〓の〓む〓〓者が出て來るイヤ藝者ではない眞實正銘の〓〓〓が出て來てそれから〓が始まる段々〓て來る、〓て來れ〓〓〓〓もすれば〓ひもする其中に主人氣取りの日本の紳士達は面白くて〓も〓其藝者の中には〓て〓〓る奴があつて昨日も何處とやらで逢ふて夫れから何とやら云ふやうな事で面白くて堪らない、ソコで以て其出て居るお内儀さん達―紳士の夫人達が其時に如何云ふ氣がして居るだらうかと思ふに茲に又妙な事がある誠に其お内儀さんが平氣の平左エ門となるの話か得意になつて居る其主人が何かクチャクチャ藝者と戯れて居る〓はない最も側から見ても汗の出るやうな樣である夫れをお内儀さんが見て居ながら瀉〓々々として面白がつて居るとは如何も氣が知れない能く能く捜して見たらお内儀さんと云ふ者も昔年曾て例の塲所を蹈た例の苦勞人ではないかと聊か嫌疑の念が起る左もなければアンナ馬鹿げた途方もない事があられやう譯けはない、實際斯云ふ事がある「イヤどうせ此間私とこちらの家の主人と一緒に何處に行た時が主人の馴染の藝者が出て來て笑止くて堪らぬ、如何してアンナ女と馴染であらうか、あんな笑止しい事はない」とハアハア云て笑つて居る、と云ふのは是れは所謂江戸ッ子のヤキモチを焼かんで〓〓と云ふ所だか知らないが〓云ふ面白い婦人がある又或は其夫人に隨分喧しい人があつて其主人から見ると烟ッたいと云ふやうな者がある、〓すると或は夫人に〓〓を稽古させるが宜い茶の湯をさせるが宜い、花を活けさせるが宜い、鳴物を稽古させるが宜い〓んと〓〓れて一法は澤山旅費を授けて女中に供をさせてゆるゆる湯治などへ遣るが宜い〓うすると其方に身が入て自然に家の事を忘れて主人公の醜體に就ても餘り喧しく云はぬやうになるなどゝ自分の内儀さんに對して孫〓の兵法秘密の計略を巡らす者が世の中に在るさうだ
こんな浮世の有樣でマア申せば人間私欲の破廉耻〓行全盛の社會であるから女子教育などの話は二の次にして兎にも角にも大本の多妻法を止めにするの工風が肝腎であらうと私は思ひます(未完)
新内閣組織の第一要義
伊藤が新内閣組織の命を拝するや先づ大隈と協議し板垣と相談したるは内に有力なる老政客を網羅し外よりは二大政黨をして政府を援けしめんが爲めなる可し至極結構なる趣向にして又實際に行はれ難き案〓に非ざる其次第は板垣は前年伊藤の内閣に列したるものにして自由黨は時の政府と進退を共にしたることなれば今時〓〓〓して伊藤が再び出るに當て其味方と爲るは事理の〓に餘る可き所にして進歩黨とても提案を否むの理由ある可らず而して野に大言壮語する許りが政論〓の〓に非ずとして既に現内閣を援けたる以上は又新内閣と提携す可き者なり現内閣は前内閣の計畫を継承したるものにして新内閣は又大概の方針に於て現内閣と〓〓〓る可きは明白なり且つ本來の〓〓より云へば〓〓〓は所謂〓〓よりも〓〓に〓きのみならず昨今伊藤大隈の表情も頗る親密なる樣子なれば此〓相共に〓〓して〓事に當るは誠に〓〓のみとなる可し或は進歩自由の兩黨は〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓もなきに非ざれば〓〓〓〓〓〓〓自由黨〓名は〓〓なれども政論上の所見は兩者共に〓〓〓〓にして共に〓〓内閣の説を主張するものなり是まで時として互に反目疾視したるは只虫が好かぬとか某の面付が氣に喰わぬとか云ふ類の理由に過ぎず内外無事の日ならば兄弟喧嘩も亦忍ぶ可しと雖も今は實に國家急〓の時なり兒戯を〓す可き塲合に非ず左れば元老の〓〓、政黨の一致は常識のことなれども然れども又一方より見れば各種の改〓を〓ひて一致せしめんとすれば却て〓合方を騒くして破裂を〓にするの意味もなきに非ず左れば總ての政客を統一するは至極望ましきことなれども萬一十分なる競合の行はれ難き事情もあらんには寧ろ其中に就て最も有力なる政客を選で相共に〓く結託するに如かず今伊藤大隈は政界の兩大〓にして實際の技量如何は兎も角も伊藤に非ずんば大隈、大隈に非ずんば伊藤とは世間の定論にして二人の聯合の内閣は最も人氣に達し又朝野の間に最も〓きを〓す可し特に此二人は老政客の中にて最も當今の形勢に通じたる人物にして小節目に於ては〓は所見を異にすることもあらんと雖も大局に於て思想の方向を同うするものなれば伊藤の言ふ所は大隈に分り易く大隈の思ふ所は伊藤に於て直に合點するを得べし此點より云へば二人は自〓の政友にして是れまで進退を共にせざりしこそ不思議なるのみならず大隈は目下最大政黨を率ひるものなれば之と事を共にするに於ては〓以て議會に多數を制するに足る可し他は兎も角も二人の合躰は新内閣組織の第一要義として我輩の敢て注意を促す所なり