「膠州灣の割讓」
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時事新報に掲載された「膠州灣の割讓」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
膠州灣の割讓
近着の電報に據れば清國は獨逸の要求に應じて遂に膠州灣を割讓したりと云ふ極東の風雲是れよりいよいよ急ならんか抑も支那人が宣教師を殺したるは亂暴に相違なけれども斯の如きは珍らしからぬ間違にして大抵數萬圓の償金を出して事濟みと爲るの例なるに然るに今回に限り併せて土地の割讓を迫るとは如何にも奇怪至極にして他の要求は兎も角も此一事だけは斷じて拒絶せざる可らず葢し謂れもなく其領土を割くは既に亡國を證するものなればなり或は此際強硬主義に出づれば遂に國交際の破裂を見るに至るやも知る可らざれども清國に於ては决して恐るるに足らず獨逸如何に強大なりと云ふも萬里の波濤を超えて支那帝國を制服するに足るだけの軍隊を送るは容易に非ず且つ一旦戰端を開くに至れば諸強國は嚴正中立を守る可きは明白にして獨逸は未だ東洋に根據地なし食料石炭を始めとして一切の軍需を何れの地に仰がんとするか海陸軍共に隨分困難することならん或は露佛が加勢す可しとの心配もあらんかなれども他國の爭に乘じて竊に漁夫の利を占むるは露國の慣手段にしていよいよの塲合に自から兵を出して獨逸に助力す可きや否や疑なき能はず又沸國は東洋政略に於て露獨と提携するものなれども遼東事件に露の政略を授けたるさへ其國民の中には不審に思ふ者少なからざることなれば况して宿怨ある獨逸の爲めに干戈を動すに於ては必ず物議を生ずることならん假令ひ又三國が力を恊せて支那に臨むとしても征服は容易ならざるのみならず斯る塲合に至れば各國の均勢上却て支那の爲めに便利なる事情を生ずるやも知る可らず兎も角も思ひ切て抵抗を試みたる方、支那の爲めに得策なりしならんと思へども既に讓りたる以上は最早や致方なしとして扨他の諸強國は如何なる處置に出づ可きかと云ふに膠州の割讓は即ち支那分割の發端にして既に其端を開けば各國共に默視せざるは明白なり中にも英國の進退如何は最も注目す可き所にして若しも獨逸の擧を默認すると共に他の方面に於て自から其分前を取るの方針に出づれば露も同じ筆法を以て清廷に迫り佛國も亦要求する所ある可きは勿論にして支那帝國は即ち第二の波瀾と爲る可し然れども英國にして若しも露獨の反對に立ち膠州より獨逸を追ひ旅順より露國を斥けんとすれば露獨とて騎虎の勢、俄に手を引く能はずして此に大衝突を生ずるやも知る可らず而して今英國の事情を察するに印度の反亂尚ほ盛にして征服容易ならずと云へば若しも機に乘じて其背後より襲はるることもあらば或は大なる苦痛を感ずることある可し且つ埃及に於ても兵馬の事あり極東の多事を機として事を起すに於ては是れまた多少の面倒を免れざる可しと雖も支那の存亡は英國の最も利害を感ずる所にして其輸入貿易一億七千萬弗の内英國及び其〓地よりするもの殆んど一億三千萬弗に達するの一事を見ても關係の〓〓〓〓る〓足る可し左れば他國の〓〓〓〓いで支那の〓〓〓〓〓するは英國の利益にして〓〓〓も土耳其の〓亡を〓せざるに異ならず而して其〓〓は甚だ強大にして世界に匹儔を見ず一たび奮發すれば三國を壓すること難からず况んや日本は寧ろ英國と利害を同うするものにして自然の同盟國と云ふも不可なきに於てをや其眞意の存する所は未だ明白ならざれども倫敦に於て屡屡日英同盟の説を聞くのみならず其東洋艦隊の擧動を見るに或は巨文嶋の邊に出沒し又は旅順口に入るなど暗に露獨に對して反對の意を示すものの如くなれば日英同盟して朝鮮より撤兵せんことを露國に求めたりと云ふが如きは固より一片の風説に過ぎずして信を置くに足らざれども亦以て事情を察するに足る可し兎に角に膠州灣の割讓は既に支那分割の端を開きしものなり日本及び英國は共に其分前を取らんと欲するか將た遼東の例に傚ひ東洋の平和に害ありとして露獨に對して異議を容れんか今は何れにか决心す可きの時にして我輩は只管その進退如何に注目するものなり