「新内閣の前途」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「新内閣の前途」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

新内閣の前途

我内閣の壽命は孰れも甚だ長からずして二年に及びしものは殆んど稀なり十九年末に組織せられし第一回伊藤内閣は一年四箇月にして斃れ次で起りし黒田内閣及び山縣内閣も各各一年七箇月と一年五箇月の壽命を保ちしのみ獨り第二回伊藤内閣は四年一箇月間持續したれども是れは其間に戰爭ありしが爲めにして第一回松方内閣は一年三箇月にして更迭し第二回は一年四箇月にして沒落したり凡そ物久しければ則ち腐敗す内閣更迭の頻繁なる必ずしも憂ふるに足らざれども一年半にも充たずして入れ替るが如きは餘りに短命なりと云ふ可し米國大統領の任期は四箇年にして日本にても少なくとも三年ぐらゐ持續するに非ざれば折角の計畫も實行の遑なかる可し例へば前内閣の如き増税を斷行し又小額公債を發行するなど經濟界の救濟に付て種種の工夫ありしが如くなれども何分にも短命にして遂に水泡に歸したるは竊に遺憾とする所なり左れば今一層強固なる政府を作るは國政の進歩に必要なりとして扨新内閣は如何と云ふに官邊に對して重きを爲すこと盖し伊藤に及ぶものなかる可し政府部内に於ても將た元老仲間に於ても其勢力は甚だ盛にして例へば今回井上を起して大〓の難局に當らしめ且つ西郷を留任せしめたるが如き亦以て其事情を察するに足る可し特に他の閣員は大抵伊藤の配下にして其差圖に背く可きに非ざれば内輪に風波を生ずるの憂は先づ以て少なかる可しと雖も然れども獨り部内の統一のみを以て圓滑に政を行ふこと能はず外に有力なる政黨の助あるに非ずんば忽ち紛議を生じて遂に瓦解す可きは前例の證する所にして譬へば議會に味方なき政府は恰も砂上の樓閣の如く根なき花の如し一時は壯觀美麗なりと雖も到底久しきを持すること能はず是に於て伊藤が内閣組織を命ぜらるるや先づ進歩黨に交渉したれども纏らず次で自由黨に恊議したれども亦思はしき返答を得ず餘儀なく砂上に樓閣を築きたるに付ては前途の困難は明白にして又又前例の如く半歳にして躓き一年にして倒れんかと竊に心配したることなるに近頃聞く所に據れば自由黨は遂に提携を約したるものの如し政府の必要より云ふも自由黨の利害より見るも當に斯ある可き筈にして改選の結果を見ざれば何とも豫言し難しと雖も政府の助力如何に依ては或は多少議員の數を増すことを得べし假りに自由黨は九十名内外に達し國民恊會は二十五六名を出すとすれば併せて百十五六名、これに無所屬議員又は實業派代議士などを加ふれば或は多數を制するに足らんか新内閣は此に始めて土臺を得たるものなれども更らに一歩を進めて考ふるに將來果して此土臺に變動なかる可きや否や心配なき能はず從來政黨に味方を依頼するには相當の報酬を與ふるの例にして前の伊藤内閣と自由黨と提携したるときは板垣その他の黨員を政府に入れ松方内閣と進歩黨との同盟にも幾多の黨員を採用したり然るに今回の提携には一脚の椅子をも與ふることなし自由黨は永く之に滿足するを得るや否や盖し追追希望を提出する積りならん其時に當り交渉又も不調と爲るが如きことあらば政府は元の木阿彌、〓立の姿に陷らざるを得ず與へずして得んとするは本來無理なる注文なれば相當の要求は之を容れて常例の困難を免れざる可らず是れ我輩の當局者に望む所にして同時に政黨に向ても聊か注文なきを得ず第一今の政黨員の間には恊同一致の力尚ほ乏しきが爲めか動もすれば分離脱黨して小黨分立の弊を生じ何れの黨派も百名以上の議員を出すものなし左れば政府が提携を約するにも一黨派のみにては用を辨ずるに足らず二派以上を聯ねて始めて功を奏することなれども甲黨を容るれば乙派に不平あり乙の不平を醫せんとすれば甲の苦情を免れず即ち政界の混雜する一原因にして獨り當局者のみを咎む可らず又黨員と首領との關係を見るに統御の力甚だ薄弱にして首領右せんと欲するも部下或は強ひて左せんとすることあり其情恰も兵卒が大將の命令を〓せず銘銘思ひ思ひに運動せんとするが如し是亦交渉の困難なる所以にして假令ひ一旦聯合するも中途に紛議を生ずるの虞なき能はず我輩は實に政界の紛議に飽きたり同じ紛議の繰返へしを見るに堪へず政府も政黨も互に折合ひ互に辛抱して共に共に戰後戰前の經營を完うせんことを切に希望するものなり