「中央銀行の金利に就て」
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時事新報に掲載された「中央銀行の金利に就て」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
中央銀行の金利に就て
中央銀行の金利に就て從來二箇の謬論世間に行はるるが如し即ち金利の引上げに依て通貨を收縮して物價を下落せしめ以て細民の困難を救はんと云ふものある其一方には中央銀行をして殊更らに低利を維持せしめて事業の發達を謀らんと云ふもの是れなり兩説共に世間に賛成者あれども實は非常の誤解にして全く經濟の理に通ぜざるものと云ふ可し抑も金利歩合は資金の需要と供給とに依て定まるものにして中央銀行が一二の特權を有すればとて自然の大勢に反して如何ともする能はざるは云ふまでもなき所なり從來日本銀行の當局者は株式の低落を招き或は事業家に困難を及ぼすを口實として百方金利の引上げを避け低利を維持するに勉めたれども今日に於て果して其目的を達したりや否や償金預合若くは政府預金の流用に依て正貨凖備の充實を裝ひ其不足の塲合には制限外發行の許可を得て兎に角に兌換券の増發を維持したれども其結果は却て通貨の膨張を致して物價の騰貴を促し輸入超過の勢を激成して正貨の取付を招き昨今の形勢を以てすれば正貨凖備は日に■(にすい+「咸」)少し前途如何なる成行を見やも計り知る可らずとて終に金利引上げを斷行するに至りたるに非ずや自然の命ずる所にして之が爲めに貿易上の逆勢一變して正貨が内國に流入し正貨凖備充實して兌換制度の安全を維持するに至るまでは此方針を以て進むの外に道なかる可し或は斯く金利を引上ぐれば兌換券は自から回收せられて通貨は收縮し物價下落の實を呈するを見て金利引上げの眞目的なりと云ふ者もあらんなれども事の眞相を誤れる説にして中央銀行が金利を上下するは一に兌換制度の安否を標凖として决す可きのみ假令ひ之が爲めに物價に變動を來すとするも是れは金利引上げに伴ふて生ずる結果にして决して其目的に非ず若しも中央銀行が物價の變動を目的として金利を上下する事あらんには取りも直さず日本銀行の總裁又は金利歩合改正の認可權を有する大藏大臣をして一國の物價を左右せしむるが如き成行を見る可し人爲の干渉の甚だしきものにして斷じて許す可き所に非ず中央銀行が永く自然の大勢に反するを得ざるは當然の事なれども假令ひ一時なりとも之に反するに就ては大に〓〓す可き塲合に事業の衰頽を招き大に收縮す可き塲合に投機の流行を見るなど經濟社會に自然の調和を失ふのみならず中央銀行が自衛自利の道を講ずるに嘗て自から撞着せざるを得ざる可し兌換制度の作用を自然の成行に一任し正貨凖備の増■(にすい+「咸」)をして外國貿易の消長と相伴はしめ中央銀行は唯其安否の許す限りに於て金利を上下すれば通貨は常に其適度を得て金利も從て其平凖を失はざるは甚だ明白なり英蘭銀行の如く一箇人と取引を開くが爲めに金利が市中諸銀行より高歩に在るものと日本銀行の如く取引を銀行にのみ限るが爲めに金利が市中より低歩に在るものとを問はず總て中央銀行が金利を上下するは右の事情に依る可きものなるに動もすれば區區たる人爲の干渉を施して經濟上自然の調和を妨げんとする者あるは自から其無智を暴露するものと云ふの外なし今後とても斯る誤解なきを保し難ければ特に一言するものなり