「輸出陶磁器を改良すべし」
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時事新報に掲載された「輸出陶磁器を改良すべし」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
輸出陶磁器を改良すべし
陶磁器は本邦輸出重要品の一にして販路も次第に増加し二十年前僅に二十萬圓内外なりしものが近來は大抵百四十萬圓より百九十萬圓の間に上り其産地たる尾張美濃、山城、加賀、肥前、武藏等にて之が爲めに衣食するもの萬を以て數ふ可し此業の盛衰よりして日本の經濟に及ぼす影響は容易ならざるものなれば我輩は世人と共にいよいよますます陶磁器の輸出を加へて百九十萬圓は二百九十萬圓にも三百萬圓にも達せん事を希望するものなれども商况の實地を觀察すれば或は却て反對の傾を生ずることなきや頗る疑なき能はず其仔細は從來日本の陶磁器を需用する外國中重なるものは米國にして金額に積り凡八十萬圓内外なれば同國の樣子如何によりて輸出高に消長あること云ふ迄もなき所なるが近來同國の實况を聞くに今迄とは打て變り所謂日本陶器即ち彼の粟田燒京薩摩九谷淡路等のものより有田の錦手眞葛のぼかし等に至る迄盡く聲價を失し僅にドライ グーヅ ストアと稱する大雜貨店にて恰も景物同樣に安賣りするによりて幾分の賣捌ある位の事にて四五年前迄各地に開店せる日本陶器店は大抵損耗を蒙りて閉店したる由なり之に反し同國にて追追流行を來すはロツクウード(米)ドレスデン(獨逸)デルフ(和蘭)にて何れの陶器店も是等の品を陳列せざれば顧みる人あらずといふ故に日本品の輸入商も油斷ならじと思ひたりと見え數年前より之が摸造に着手しロツクウードの暗褐色器は出雲に誂へドレスデンの白磁に清楚なる花摸樣あるもの及びデルフの青畫染付は尾張邊にて製造せしめ合衆國に輸入したる上は日本品と稱せず本物のつもりにて販賣するよしなるが其價の低廉なる爲め餘程の賣行ありといふ勿論卸店にては摸造品を眞なりと胡麻化す能はざれども地方の取次屋并に小賣商人は仕入直段の安きを利とし走て日本産に就くものと知るべし凡そ此等の手段にて今日迄は輸出の■(にすい+「咸」)額をも免かれたることなれども今後幾年も此ままに維持し得べきや否や甚だ懸念に堪へず前に云ふ日本品が市塲に命脈を保ちたるはフヰラデルフヰヤ博覽會後兩三年以前迄にて凡そ二十年ばかりなるが此間は合衆國が珍らしき上景氣を續けたる時にして人口の増加著しく新市街雨後の筍の如く發生したる時なれば幸に不相應の長命を享くるを得たるも今後は其割合に長き流行はあらざる可し若し今より數年の内に右のドレスデン等が日本陶器同樣需用者に飽かるる事もあらば如何して我輸出高を繼續せしむ可きや一の問題なり或は其時には更に又他の流行品を摸造すべきのみと云はんかなれども合衆國も追追老成して沈着に赴くを以て陶磁器などの流行は段段其壽命と區域を狹うすること自然の勢、爭ふ可らざる所なれば假令ひ摸造は出來得べしとするも恐くは損得相償はざるべし第一他國の名の下に我製品を賣るといふは恥かしき所業なりかたがた此際速に着眼を一變し永久の計を立ん事最も肝要の所なる可し我等の考を以てすれば是迄の如き裝飾用の物品を製するを止め實用を主とする器具例へば食器、建築用敷瓦の類を作り一時流行の需用に止まらずして百年の輸出を續け得べきやう心を用ひるこそ肝要なれ日本品の兎角裝飾にのみ使用せらるるは其質の脆弱なるに因るものにて其脆弱なるは原料に長石多く粘土質少なきに因ることなれば取敢へず此弊を改めん事を工夫すべし是我輩が當業者に向て切に希望する所なり