「選擧法の改正」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「選擧法の改正」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

選擧法の改正

政府は今度衆議院議員選擧法を改正して選擧權并に選擧區を擴張し議員の數をも増加する積りなるよし其細目に至れば自から議論もあらんなれども大躰に於ては賛成せざるを得ず現行の法律に據れば直接國税十五圓以上を納むる二十五歳以上の男子に非ざれば選擧權を得ざる定めなれども斯の如き制限は重きに失するの嫌なき能はず統計表を見るに我國の人口は四千二百二十七萬餘にして其内二十五歳以上の男子は一千六十餘萬人あり然るに直接國税十五圓以上を納むる者は僅に五十一萬餘人にして實際選擧權を有するものは四十六萬餘人に過ぎず元來代議政治なる者は國民多數の意思に依て政を行ふの趣意にして西洋諸國に於ては選擧權の區域甚だ廣し例へば英國の如き其人口は三千八百萬にして選擧人は六百四十餘萬あり以太利は二千八百萬人の内二百十二萬の有權者ありて米佛の二國に於ては二十一歳以上の男子には概して選擧權を與ふるの例なり然るに我國の有權者は僅に人口の百分一、二十五歳以上の男子の二十分一に過ぎず餘りに窮屈なる次第にして或は之を稱して少數政治と云ふも可なり左れば選擧權を擴張して少なくとも丁年男子の五分の一ぐらゐに達せしむること肝要なる可しとして更に選擧區擴張の利害を考ふるに是れまた好結果を奏す可しと云ふ其次第は選擧區小なれば情實の力強きに反して大なれば賄賂脅迫等も行はれ難く名望の高き者が自から當選するに至る可し例へば選擧區を縮小して一郡若しくは一村を一區としたりと假定せよ金錢物品を授受して選擧人の心を動かすこと易く親戚知合ひ等の縁故は有力なる要素と爲りて村内郡内の有力者が勝を制す可しと雖も今これを擴張して一府縣を一區と爲し又は全國を通じて選擧することとせば其舞臺甚だ廣くして僅に一村一郡内の小有力者の如きは到底競爭塲裡に出づること能はずして一府縣内若しくは全國に有名なるもの自から當選の榮を得べし然れども餘りに之を大にすれば事情を異にする各地方の利害が夫れ夫れ議塲に代表せられざるの不都合を生ず可ければ其適度を計ること肝要にして凡そ一府縣を以て一區として或は至當ならんか斯の如く選擧區を廣むるに付ては尚ほ別に一新現象を生ず可しと云ふは外ならず大政黨の勢力一層強大と爲るの一事なり今日の如く幾百の小區に分れ居れば小政黨にして多數を占むる區もあり或は無所屬の一個人が勢力を振ふ所もありて大政黨以外の者も自から選出せらるるの餘地なきに非ざれども一府縣を通じて選擧することと爲れば其府縣全體に於て多數を制する大黨派が一手に定數の議員を選出するが故に小黨派又は無所屬の者は最早や出づること能はず選擧は自から二大政黨の競爭に歸す可し蓋し小黨分立は種種の混雜を生ずる所以にして例へば政府が議會と一致して紛議を避けんと欲するも一黨にして過半數を制するものなきときは意見を異にする諸政派を〓〓〓〓〓を〓ずして事甚だ面倒な〓と共に議會が〓〓の〓〓を實行するにも〓樣の困難を免れず左れば小黨亡びて大黨起るは寧ろ政治の進歩〓〓して可なり次に議員増加の得失如何と云ふに差當り格別の効能もなきことならん三百人が五百人と爲りたればとて之が爲めに特に議會を輕重するに足らざれども然れども人數多ければ其聲も隨て大にして自から民論を強くするの傾きを生ず可し今西洋諸國の例を見るに米國の代議員は三百五十七人にして人口十七萬餘に付一人の割合に當り獨逸は三百九十七人にして十三萬にに付一人の比例なれば日本の三百人は之に比すれば少なしと云ふ可らず然れども以太利は五百八人にして五萬七千人に付一人、佛朗西は五百八十四人にして六萬六千人に付一人、英國は六百七十名にして五萬人に一人の割合なれば日本の十四萬人に付一名は少なしと云ふ可し左れば多少議員を増すも不可なしとして選擧法の改正は我輩の敢て同意する所なり只速に實行を祈るのみ