「官吏任免の標凖」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「官吏任免の標凖」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

官吏任免の標凖

内閣員の更迭と共に次官局長地方官等も自から任免せらるるの例にして其任免の標凖は一に黨派の異〓に在るものの如し某は何黨出身なるが故に免ぜらる可し某は何派の系統を引くが故に用ひらるるならんとは世人の豫言する所にして其豫言は大抵的中するの常なり盖し政黨政治の世と爲れば議員が首領と共に〓で官吏と爲り而して其官吏が首領の落路と共に斥けらるるは自然の數にして毫も怪むに足らざれども我輩に於ては聊か望む所なきを得ず曾ても記したる如く我内閣の壽命は何れも甚だ永からずして或は一年にして倒れ又は二年に滿たずして更代するの例なれば斯る頻繁なる變動に伴ふて以下の官吏も進退せざるを得ざるに於ては其混雜の爲めに自から事務の澁滯を來すと共に何時免職も計る可らずとて何れも落付て勉強する者なかる可し人民の甚だ迷惑する所にして現に北海道の人民が長官更迭の風説を聞て斯の如く屡屡交代しては官廳は恰も旅舍の如くにして到底拓殖の進歩を期す可らずとて留任を歎願したるの一事に徴しても事情を察するに足る可し然かのみならず人の官吏となるは其腕前を示して名譽を博するか否らざれば俸給を得て衣食の資に供せんが爲めなり然るに僅か一年か二年の壽命にては營業として引合はず又功名を立つるの遑もなし少しく氣の利きたる人物は决して官海に近寄ることなかる可し左れば官吏の系統を糺して之を任免するが如きは此際姑く愼むこととして別に黜陟の標凖を求めざる可らず官吏の中には今尚ほ老朽のもの少なからず或は病氣の際、漢方醫に依頼し又は禁厭を信ずるの類もなきに非ざる可し近年教育の進歩と共に人民の思想も大に開化したるのみならず不完全ながら鐵道電信は至る所に通じて恰も人に羽翼を生じたるが如く昔し一日の用を一時間にて辨じ十日の仕事を一日に仕遂ぐるの時節と爲れり此人民を御するに僅に孔孟流の教を受け十里の往復に數日を費したる時代に養成せられたる舊人物を以てして果して扞挌なきを得るか特に新條約の實施も近きに在り外國人も遠からず内地に雜居して商賣工業を行ふことならん之を支配するに東洋流の人物を以てして能く衝突なきを得るか少年時代の古靴を取出して用ひんとすれば形小さく革硬くして穿つ可らず強ひて穿たんとすれば或は踵を擦り剥き指を傷めて痛苦に堪へず舊人物を以て新人民を支配するは猶ほ斯の如し毎事に不如意を免れざるなり固より人の智愚は年の老少を以て分つ可らざれども學問教育は近年發達したるものなるが故に新智識は後進に多きの常にして活溌の氣力も亦少年に在るは爭ふ可らざる事實なり左れば老を廢して少を取るは今日の急務にして現に〓〓の如き〓〓なる書生の適する所に非ずとして久しく古風なる人物の手に在りしに新事情は新智識を要し書生も〓〓に商賣社會に入りたる其成績を見れば却て老商人に勝る〓のありて丁稚上りの商人は殆んど顏色なしと〓〓〓一事に徴しても新人物の〓〓を知るに足る可し〓かの〓ならず所〓〓〓の〓〓に〓れて官〓の仕事は〓〓〓増加したれども人手、不足して事務の澁滯を免れ〓〓〓ふいよいよ以て老朽淘汰の必要を見る可し少壯〓概して活溌敏捷にして古老は優柔不斷なり一は馬の如くにして一は牛に似たりとすれば牛を廢して馬を取るこそ澁滯を〓〓する一法なれば某は前政府の用ひたる人なれば免ず可し某は何黨の出身なるが故に用ふ可らずとて毛色に依て任免するが如きは其弊に堪へず寧ろ黜陟の標凖を老少の上に置て遠慮なく新人物を採用せんことを望むものなり