「經濟社會は自然に放任す可し」
このページについて
時事新報に掲載された「經濟社會は自然に放任す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
經濟社會は自然に放任す可し
戰爭以來民間の諸事業は著しく膨張し既設の會社が増資を企るは勿論新に鐵道銀行を始め其他の事業を計畫して會社を設立したるもの少からず之が爲めに要する資金は既に十四億圓以上の巨額に達したりと云ふ或は近年我國力が非常に發達したるは明白の事實にして事業の勃興は必然の結果なれども斯る急激の膨張は國力不相應の掛念なきに非ず從て今後豫定の計畫を實行するは甚だ困難なるのみならず強て資金を吸收せんにはいよいよ金融の逼迫を招き假令ひ一方に政府が縮少の方針を取るも民間事業の膨張にして今日の儘ならんには到底經濟社會の難局を免かるる能はざる可しとて頻りに憂慮する者あり現に財政の當局者も之と同樣の意見を有し政府に於ても成る可く新事業を見合せて政費の節約を謀る可きが故に民間の事業家も適度に事業を收縮し官民の歩調を同うす可き旨を公言したることあり又近頃日本銀行が金利を引上げたるも要するに事業を抑制するの意に外ならずとの説なきに非ず一昨年來計畫の新事業中には果して投機に類するもの多きや否やは姑く擱き元來投機は經濟社會の好景氣に向ひたる際に流行するものにして昨今一部の人人が唱ふるが如く經濟上の状况如何をも顧みず人爲の手段に於て急激に外資を輸入し或は日本銀行をして殊更らに低利を維持せしめてますます事業家の投機心を刺〓したらんには非常の弊害も生ず可けれども然らざる以上は其流行は敢て深く憂ふるに足らず英國の如く巨額の資金、内國に充實して其放下に苦しむが如き塲合には一時の熱に浮されて泡沫事業にまでも資本を投じ其失敗と共に經濟社會に意外の變を見ることもあらんなれども日本の如く着手す可き事業尚ほ多多なる國に在ては投機事業の濫興は容易に見るを得ざるのみならず稀に之を見るも自然の成行に一任するときは不確實の事業は次第に淘汰せられて自から消滅せざるを得ず昨今資金欠乏の爲めに諸事業は非常に沈衰の有樣なれども今後金融市塲の情况舊に復すると共に見込の確なる事業先づ成立して次第に他に及ぶは必然の成行にして確實なる事業の多き今日に於ては泡沫會社の類が容易に成立する能はざるは云ふまでもなき所なるに當局者が此邊の事情をも顧みずして妄に投機事業を排斥せんとするは要するに一片の■（きへん＋「巳」）憂に外ならず或は會社の設立を嚴重にし苟も投機と認めたるものは一切認可を與へざるなど極端の干渉を施さんには其目的の如く投機事業を抑制するの効能はあらんなれども一方には之と同時に當業者が有益確實なりと信ずる事業の成立をも妨ぐるなどの結果を免かれざる可し世間に投機と云ひ或は確實の事業と云ふも畢竟事の成否如何に依て定まるものにして其着手〓〓〓實際の事情に暗き當局者が投機なりと斷定して〓〓〓妨ぐるは干渉の最も甚だしきものにして〓〓〓〓〓と云ふ可らず〓に日本銀行の金利引上げに依て〓〓〓〓〓〓抑〓〓〓〓〓〓〓〓きは全く中央銀行〓〓〓〓〓〓したる〓〓〓〓〓〓兌換制度の作用を自然に一〓し中央銀行は唯、其安否の許す限りに〓て金利を上下してこそ始めて通貨の適度を得て金利も亦從て平凖に歸す可き筈なるに此常則に反して金利を上下せしめんには經濟社會に自然の調和を欠き其弊害は决して尠少ならざる可し從來政府の經濟策を見るに區區たる干渉保護の手段を以て事業の盛衰を自由に左右し得べしとの考を懷くものの如くなれども斯の如きは〓年の舊思想にして今日の實際に適用す可らず現に粗製品の輸出を妨遏せんとして屡屡種種の干渉を加へたれども曾て目的を達したることなきのみか政府が保護を與へたる會社の内には内部の腐敗甚しくして毫も營業の實蹟を擧ぐる能はざるものあるに非ずや即ち政府の保護干渉は啻に無用なるのみならず却て有害の結果あるは事實の證明する所今更ら改めて云ふまでもなき次第なれば今は當局者も早く舊夢を覺まして干渉保護の小策を以て經濟社會に處するの老婆心を止めにし自由放任の大膽主義に出でんこと我輩の敢て望む所なり