「郵便貯金奬勵法を斷行すべし」
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時事新報に掲載された「郵便貯金奬勵法を斷行すべし」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
郵便貯金奬勵法を斷行すべし
近頃其筋にては郵便貯金の奬勵法を設けて貯金の増加を謀らんとするの議起り目下其方法の利害に就て調査中の趣き既往の實驗に徴すれば郵便貯金の利金中政府の所得に帰す可きものは其取扱費を差引きて凡そ一ケ年に三萬五千圓乃至七萬圓位の額に上ることありと云ふ此金額を以て貯金の預入及び引出方を改良しますます預け人に便利を與ふるが如きも確に貯金奬勵の一法に相違なけれども其改良は寧ろ政府が費用を惜まずして當然爲すべき筈の事にて貯金の必要は細民個個の小錢を集めて一廉の資本と爲すに在り當節の如く職工其他勞働者の手に入る錢の多き時は貯金の金額増加す可き筈なるに職工等の習慣として隨て得れば總て散じ所謂宵越の金を遣はざるの氣風のみ増長せる其結果は物價の騰貴にも與つて力ある次第なれば兎に角に今日の如き彼等の所得自から多き時こそ最も貯蓄に便利なる折にこそあれば現に白耳義國に行はれ居る郵便貯金の奬勵法の如きを採用するは自から一法なる可し當局者の考案なりと云ふを聞くに同法は抽籤を以て預け人に倍數の金額を與ふるの規定なるが之に現行の勸業銀行債券償還の抽籤方を參酌して例へば五圓以上六ケ月餘の預け金を以て一口と爲し一人にても百圓以上六ケ月餘預け居るものは前の割合を以て五圓毎に一口と勘定し二十口と爲して口數を定め郵便貯金より得たる純益金を奬勵金として一番籤には一萬圓、二番五千圓、三番千圓、四番五百圓、五番以下百圓の數十本を右の口數幾百萬に抽籤せしめて當籤者に與ふる趣向なりと云ふ
右の方法は或は速了して富籤類似のものなりとの反對もあらんかなれども富籤何故に不可なるや况んや右の奬勵法は普通の富籤とは自から性質を異にして多數に損害を與へて少數に利せしむるものに非ず多數の預け人は平等一樣に貯金に對する利子を得るのみならず富籤希望の心に驅られて節儉貯金したるものは不虞の必要に應じて何時も引出すことを得るは自から此法の特色にして勞働者の貯蓄心を奬勵するには最も便利の方法なるに於てをや我輩は政府が速に其法を斷行せんことを望むものなり