「外交上の進退」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「外交上の進退」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

外交上の進退

個人又は會社が商賣工業を營むには經濟社會の事情に應じて其事業を伸縮せざる可らざるは勿論なれども少しく景氣よければ調子に乘って漫に手を擴げ又少しく惡しければ頓に畏縮して恐慌を招くが如きは狼狽者の事にして到底成功す可らず而して一國の外交も亦斯の如し時としては手を縮め息を殺して默せざる可らざることあり又時としては大に奮發す可き場合もある可しと雖も進むにも退くにも能く自家の力を計り列國の形勢を察して漫に畏縮し漫に威張って國辱を招くが如きことある可らず竊に露西亞の外交を見るに急がず怠らず畏れず侮らず徐々に其歩を進めて次第に目的に近寄るものゝ如し君斯擔丁堡を占領せんとはピーター以來の計畫にして之が爲めには二回までも戰を開き其度毎に故障に遇ふて目的を達すること能はざりしかども毫も失望せず百年一日の如く致々として經營しつゝあり又極東の方面に於ても支那朝鮮に對して異志を抱く一日に非ざれども決して急激に運動せず左ればとて寸時も油斷せず恰も水の物を浸すが如く機に會する毎に次第々々に侵入して今や殆んど其志を遂げんとするに至れり翻て日本の外交を見れば一伸一縮の甚だしき恰も護謨に類するものあり例へば朝鮮に對する筆法を見るに一時半島の全權を掌握して各官廳には日本の顧問を容れ日本の兵隊巡査は各所に駐屯し制度文物は日本流に改め内政外交は日本の指圖に從ひ商賣貿易も纏て日本人の專らにする所なりしに局面一變、露國が次第に歩を進むると共に日本は次第に退却して曾て日本の手に在りし兵馬財政の權は既に露の有に歸し我顧問官は追ひ出され我貸金は返却せられ露韓銀行が設立せられんとするなど主客全く地位を替へ日露協商すら事實に於て將に反古たらんとするは著しき變動と云はざるを得ず且つ布哇問題の如きも一時の勢に似ず今は朝野共に忘れたるものゝ如し米國に於ては今方に合併の議論喧しく布哇の存亡は目前に迫れるに二萬有餘の移民を出して利害の關係淺からざる日本が恰も對岸の火災視するのみならず彼の上陸拒絶の如きは明に我權理を犯したるものにして之が爲めに生じたる損害は速に償はしめざる可からざるに其後談判は少しも進歩せず一年の久しき今日に至て尚ほ決着せざるは遺憾と云はざる可らず固より今日は漫に事端を〓くす可きの時に非ず朝鮮に對し將た布哇に對して倶に強行手段を執るが如き我輩の好まざる所なれども凡そ外に交るには常に大國に着目して進退共に其度を失はざるを要す自から力を計らずして驀進すれば國を危くするの度あると共に自存獨立の力を備へながら相手の望むがまにまに〓〓すれば無益に國權國利を〓して遂に〓の物笑ひと為る可し今顧みて日本の國力を案ずるに敢て強大とは〓〓〓〓〓〓〓は未〓東洋の海上を對するに〓〓ずし〓〓〓〓〓〓〓〓は或〓〓〓〓〓も謀る〓〓ざれとも〓〓〓〓〓〓〓〓は〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓と〓〓の國〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓施す可らず假令計〓〓〓〓〓〓〓〓や三〓〓〓〓〓ればとて毫も憂ふる〓〓〓〓〓〓〓に我〓日本國民は〓國狂人とも〓す可きほどの人種にしていよいよ國の獨立を危うするに至れば四千萬人悉く武器を取て起つ可きは明白なり左れば日本は結局制服す可らざる國にして如何に閒違ふとも獨立の一點に至ては秋毫の疑もある可らず且又今の世界は弱肉強食の修羅場には相違なしと雖も總ての外交問題は單に兵力の強弱のみに依て決するものに非ず例へば北米合衆國は兵力に於て固より英國の敵に非ざれども一旦ヴェネズヰーラ問題の起るや西大陸の牛耳を取るものは即ち我合衆國にして歐洲の蹂躙に任ず可らずとて橫合より喙を容れ遂に英國をして讓歩せしめたる此一事を見ても外交社會には腕力意外に一種の力あるを知る可し左れば日本の如きは固より爲すあるに足るの國にして時に一進一退を免れずとするも結局畏縮するにも狼狽するにも及ばざるものなり小成功に狂喜し小失敗に落膽するものは到底大國民と爲ること能はず急がず怠らず畏れず侮らず實着に歩を進めんこと我輩の希望する所なり