「日本鐵道會社の改革を望む」
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時事新報に掲載された「日本鐵道會社の改革を望む」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
日本鐵道會社の改革を望む
日本鐵道會社の内情に付ては兼てより世閒に種々の風説あり其風説は固より一々信ず可きに非ざれども時々破裂する事件に徴すれば取締の不行屆は爭ふ可らず社員の内に六萬の大金を私消せしものあり二年も三年も氣付かざりしとは既に不思議なるに況して相手は官廳にして幾年も其運賃を拂はずには居られぬ筈なるに然るに會社の重役が其閒に一點の疑を起さゞりしとは返へす返へすも不思議にして此一事にても社の内情を察するに足る其上に今回の同盟罷工の如き又その不取締を證するものと云ふ可し元來此事たる一朝突如として起りしに非ず不平の氣は數年前より機關方の閒に萌し居たることにて仲閒の者より事情を述べて警訴したること幾回なるを知らず然るに會社に於ては馬耳東風に聞流して一向に取合はざるより幾回か事を起さんとして思ひ止まり此頃に至りていよいよ要求を容れざれば一同同盟罷工す可しと豫告したれども尚ほ動く可き氣色なきを見て遂に破裂したるものなりと云ふ左れば其警報は屡々會社員の耳に入り不隱の状は其目に映じたることならんに然るに少しも注意せず彼等能く何事をか爲さんと輕蔑して遂に此大事件を生じたるは會社の怠慢と云はざる可らず私設鐵道條例に旅客貨物輸送の際社員の疎虞懈怠に依り損害を生じたるときは會社その賠償の責に任ず可しとあり今回の事、果して其不注意より生じたるものとすれば會社の責任は實に重しと云ふ可し又同盟者の申條を開け素より不隱の擧動にして感服す可らず何と辨解するも脅迫の讒は免れずと雖も更らに裡面に就て其情實を視れば一概に無理として排斥す可らざるものあるが如し金錢は常人の重ずる所にして俸給賞與は雇人の生命なり些少の損得にも烈しく感情を動かす可きは論を待たず給料增減の一事は當局者の最も注意す可き所なるに然るに會社が之を課長に一任したるは既に奇怪なる其上に各課長の云ふがまにまに成る課員の給料は大に增加しながら他の課員には少しく增給して其閒に不公平を生じたるが如き不取締も亦甚だし同盟罷工の起る偶然に非ざるなり會社は種々の豫報ありしに拘はらず豫防の術を講ぜざりし點に於ても同じ雇人を遇するに一方に厚く一方に薄くして不平の種を蒔きたる點に於ても共に其責を辭す可らずとして扨この始末は如何と云ふに聞く所に據れば會社は全然其要求を容れて落着せしめたりと云ふ勢の已む可らざるが爲めか將た要求の至當なるを認めたるに由るか何れにしても會社の失敗にして其影響する所少々に非ず同盟罷工は恰も傳染病の如し而して機關方の取扱は全國各鐵道會社とも同一なれば今若し日本鐵道會社の同盟罷工が成功して其資格の上進と共に報酬も亦增加したりと聞かば他會社の同職員にして怎か心を動かさゞる者あらんや官私の各鐵道とも早曉何かに就き事例成果の不幸なきを期す可らず鐵道世界の一大變衡と云ふ可し要するに日本鐵道會社は今回の事件に於ても不取締不行屆の實を示したるものにして此際斷じて刷新せざる可らず凡そ物久しければ則ち腐敗す政府にても會社にても時々改革して新しき空氣を注入すること肝要なり例へば銘々の家にても掃除を怠れば煤も溜まり塵芥も積りて大切なる道具が塵に埋沒すれば無用の器物が飛出して邪魔に爲るなど種々の不都合を生ず可し日本鐵道會社の如きは多年掃きせざるものにして内部に種々の弊を生ず可きは固より其所なり社運の消長は獨り株主の利害に止まらず奧羽地方の開發は此鐵道に待つ所多し今回の騷動を機として大改革を行はんこと我輩の呉々も希望する所なり