「金利の引上げに躊躇す可らず」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「金利の引上げに躊躇す可らず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

金利の引上げに躊躇す可らず

日本銀行は昨年七月以來屡ば金利を引上げ昨今は近年稀れなる高利となれり元來中央銀行が金利歩合を改正するには兌換制度の安否如何を標準として決す可きものにして若しも此常則し反し區々たる情實に拘泥して左右することもあらんには經濟社會に自然の調和を缺き其弊害は決して尠少に非ざる可し從來日本銀行が金利歩合を改正するに當て常に時機の宜しきを得たるや否やは甚だ疑わしき所にして仔細に觀察するときは或は他の意嚮に動かされて時機を失したる形跡なきに非ず斯の如きは全く中央銀行の作用を誤るものにして例へば株式市場の沈衰などに懸念して金利の引上げを猶豫せんには結局正貨の取付を促して兌換制度を安全に維持する能はざるの危險ある可し昨今經濟社會の形勢を見れば輸入超過の結果正貨は海外に流出して日本銀行の正貨準備も亦隨て減少を免れず或は從來の例に從ひ毎年三四月の頃は金融市場緩慢に赴くの常にして正貨準備の減少する其一方には兌換券の回收も少なからず制限外發行高も當局者の豫想通り次第に收縮するを得ることならんなれども更らに前途の成行如何を考ふるに戰後俄に生じたる貿易上の不平均を舊に復せしむるは容易に望み難き所なるを以て今後はいよいよ正貨の流出を覺悟せざる可らざるのみならず更らに製茶製絲の期節に入らんには資金の需要自から增加す可きは必然の勢なるを以て制限外發行高は再び增加して日本銀行は更らに金利の引上げを斷行するの必要に迫らざるや否や若しも當局者にして斯る必要を認めんには啻に一厘方に引上げに止まらず二厘なり三厘なり兌換制度の安全を維持するに足ると信ずる丈けの引上げを斷行す可きのみ他の反對攻撃を恐れて躊躇するが如きは經濟社會の爲めに親切の擧動と云ふ可らず或は中央銀行にして斯く金利を引上げんには日本は非常の高利國と爲りて經濟上の發達に此上もなき妨害を招く可しとの説なきに非ず當局者が從來金利の引上げに躊躇し一部の人々が之に反對するも畢竟此邊の考に出づるものならんなれども斯の如きは全く一片の杞憂に過ぎず目下金利の引上げは兌換制度の安全を保つ其上に通貨の回收を促して貿易上に輸出超過の實を收め金利をして平準に歸せしむるの利益あるは勿論、若しも中央銀行に於て大に引上げを斷行するときは市中の諸銀行中、有力のものは之に依賴して資金の融通を謀るを止め寧ろ外資を輸入して却て低利の貸出を試むるに至る可し内外の金融市場が次第に密接の關係を結ぶは必然なるのみならず信用ある銀行が所有の公債を抵當として外資を輸入するは決して難事と云ふ可らず市中の銀行が果して獨立して資金を融通し得る其時に至れば日本銀行も自から高利を維持する能はずして結局その低落を見ることならん甚だ明白の成行なるに世閒に外貨の輸入を希望しながら日本銀行をして殊更らに低利を維持せしめんとする者あるは自家撞着の謗なきを得ざる可し我輩が一言する所以なり