「外貨の輸入難きに非ず」
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時事新報に掲載された「外貨の輸入難きに非ず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
外貨の輸入難きに非ず
我國の實業家は日本銀行の經濟社會に於ける勢力を廣大無邊のものと考へ金融逼迫して株式市場の沈衰したる場合には銀行をして殊更らに低利を維持せしめ以て景氣の快復を謀らんとするなどの例は實際に屡々見る所なれども斯の如きは中央銀行の本質を誤解したるものにして日本銀行が一二の特權を有すればとて自然の大勢に反して金利歩合を左右する能はざるは勿論之に從て方針を定むるの外に適當の道なかる可し即ち昨今の如く輸入超過の爲めに内國の正貨が海外に流出して今後容易に貿易上の不平均を舊に復せしむる能はざる場合に日本銀行が金利を引上ぐるは當然の處置にして其結果は兌換制度を安全に維持すると共に通貨を收縮して物價の下落を招き結局貿易上に輸出超過の實を呈するに至る可し金利の引上げに伴ふ必然の結果にして我輩が當局者に其斷行を勸告する所以なり或は歐洲諸國の中央銀行が金利を引上ぐれば啻に正貨の海外に流出するを防ぐのみならず外國より其輸入を促し外貨を利用して正貨準備の安全を謀るの常なれども日本に於ては外國の金融市場と密接の關係なければ中央銀行が金利を引上ぐるも容易に動搖を見る能はざる他の一方には事業の勃興を妨げて當局者を苦しむるに過ぎずとの説なきに非ざれども今日我國の實際を見るに外貨の輸入は敢て難事と云ふ可らず日本銀行が殊更らに低利を維持すればこそ其輸入を防ぐなれども若しも大に引上げを斷行せんには信用ある銀行は之に依賴して資金の融通を謀るを止め所有の公債其他確實の證券類を抵當に充て低利に外貨を輸入して貸付の餘力を增加するの策を講ず可し現に近頃外國の某商會は公債證書を抵當として五分利にて百萬圓内外の資金を貸付けんことを市中の大銀行に申込みたるに銀行にては半年の期限にて五分以下の利子なれば借入れに應ず可しと答へたるにぞ交渉終に纏まらず又同商會は東京の或る大本山にて多年會計不整理の爲めに負債に苦しみ非情の困難に陷れるを見て一旦資金を七分の利子にて銀行へ預け入れ更らに銀行をして一割の利子にて右の本山へ貸付けんとの計畫を立て種々運動したれども進んで責任の〓に當らんと申出る銀行なくして是れ亦立消の姿となれりと云ふ二件共に我輩が〓〓〓〓前より聞込みたる所にして事の成否〓〓〓〓を外國の資本家が内國の銀行に資金を〓〓〓次第に他〓〓〓に及ばさんとするの〓〓あるを〓〓に〓〓らず殊に外國人は所謂〓〓〓〓〓を信用して巨額の買入れを爲したることもあれば之を抵當として資金を貸付くるは決して彼等の辭する所に非ざるは勿論金貨本位の前途安全なりと見込まんにはいよいよ公債の信用を增進することならん我輩が外貨輸入を以て非常の難事と認めざる所以にして日本銀行が今後兌換制度の安否如何を標準として金利を引上ぐるときは一時市場の金利は之に連れて騰貴するも市中の諸銀行が油斷なく外貨輸入の道を開くは必然の成行と云はざる可らず即ち内外の金融市場が密接の關係を結ぶの端緖にして日本銀行が法外に金利を引上げて市場を左右せんとするも到底目的を達する能はざるのみならずその引上げは却て平準に復せしむるの作用に外ならず經濟上自然の成行にして世人が篤と此邊の事情を了解せんには區々たる情實を云々して日本銀行をして殊更らに低利を維持せしめんなどの〓見を去るを得べし我輩が一言して注意を望む
所以なり