「電信の經費を增す可し」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「電信の經費を增す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

電信の經費を增す可し

近來電信に誤字延着多しとは我輩の毎度記したる所にして其源因は種々ある可しと雖も要するに人事の進歩と共に通信の著しく增加したるに拘はらず當局者は其設備の擴張を怠りたるが爲めに外ならず試に電報の取扱數を見るに明治二十一年には總計二百十二萬通なりしに廿六年には四百六十五萬通と爲り三十年には八百九十一萬に增加したり而して之に應ずる設備は如何と云ふに二十一年に七十四座の機械は三十年には百二十九座と爲り事務員は百三十五人より二百六十九人に增したるのみ即ち通信は四倍餘の增加なるに其設備は二倍に足らざる擴張に過ぎず隨て東京本支局の如き以前は一人一日の取扱數平均八十七通なりしに今は百八十四通と爲り如何に勉強するも到底閒に合はざるのみか人閒の力には限あり假令ひ隔日勤務とは云へ二十四時閒働き詰めに働く其閒には心身疲勞して自から閒違ひを免れずと云ふ今日の不始末は決して偶然に非ざるなり左れば取敢へず人員を増すこと肝要なれども何分にも經費足らずして定員を充すにさへ困難の事情なきに非ず例へば近年東京郵便電信學校の入學志願者甚だ少なく現に生徒定員二百七十名の内、九十名の缺員ありて募集中なれども應ずるもの多からざるのみか各地一等郵便電信局に於て養成する傳習生の如き以前は五十人の募集に二百人も應募者ありしに今は却て五十人に對して十名内外に過ぎざること多しと云ふ其次第は郵便電信學校に入るには先づ尋常中學卒業相當の學力を要し入校後更らに二箇年閒專門の學を修めて首尾よく卒業したる所にて其月給は僅に十五圓内外に過ぎず月に十五圓は即ち日に五十錢にして職人の手閒賃にも及ばず而かも日々の仕事は眼を廻はすほど多忙なりとありては志願者なきも無理ならず又傳習生の如き六箇月閒自費修業の後、得る所の俸給八圓内外のみ諸會社諸工場等人を要する少なからざる時に於て苟も相應の文字ある者が八圓内外の所得に甘ぜざるは勿論にして殊に同じ傳習生にても私立鐵道會社にては傳習中多少の手當を給するよし一當局の募に應ずるもの少なきは固より其所なり斯の如くにして啻に其定員を增すこと能はざるのみならず補缺すら困難の場合に陷りて公衆に少なからぬ不便を與ふるは抑も何人の罪なるか假令ひ電信の所得を以て所費を償ふに足らずとするも必要の經費は續々と支出せざる可らず況んや其收入甚だ纔なるに於てをや二十九年度の收入は三百四十八萬圓にして支出は二百六十一萬餘圓に過ぎず通信の增加に遵て經費を增し世閒の情に應じて月給を多くして以て今日の不都合なからしむるこそ當局者の責任なるに其然らざりしは怠慢と云はざる可らず臨時議會は近きに在り必要なる經費は遠慮なく請求すること肝要なる可し或は議會の開場を待たず臨時緊急の事として處分し事後承諾を求むるも可なり人を增さんとして增す能はず缺員を補はんとして補ふを得ず通信をして日に澁滯せしむ之を疎通するは即ち緊急時に非ずや何れにしても遂に改良の實を擧げんこと我輩の返す返すも希望する所なり