「人民銀行を設立す可し」

last updated: 2019-09-29

このページについて

時事新報に掲載された「人民銀行を設立す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

人民銀行を設立す可し

蘇格蘭銀行が設立の當初保證貸付の制を實施して無資力者に資金融通の道を開きたるが爲めに大に同地の生産業の發達を促したるは今日に至るまで世人の記憶に存する所にして對人信用の效能著しきを見る可し近年我國の銀行業も大に發達して最近の調査に據れば資本金は三億二千百五十九萬圓に達したり三四年前に比すれば四倍以上の增加にして今日の如く銀行が各地方に起り互に脈絡を通じて業務を營むときは全國に於ける資金の融通を圓滑にして金利を平準に歸せしめ事業繁昌の基を開くは必然の成行なるを以て其發達甚だ喜ぶ可きが如くなれども銀行營業の實際を見るに抵當物さへ所有すれば之に就て資金の融通を求むるの便利あるに反して無抵當者は目的を達するを得ず今の銀行は單に富裕者の金融機關たるのみにして世閒多數の人民には何等の便宜をも與へざるものと云ふ可し畢竟銀行が對物信用に重を置くの結果にして斯る缺點ある以上は假令ひ其資本金額が增加したりとするも決して全體の發達と云ふ可らず元來一國の生産業に直接の關係あるは中産以下の人民にして此輩は固より資産に乏しく一日の勞を以て其日の食に代へ一歳月の所持を以て一歳月を支ふるの有樣なれば獨立して事業を營まんとするも或は其改良擴張を謀らんとするも之に供す可き餘財なきは勿論、他に就て借入れんとするも確實の抵當物なければ應ずる者なく稀れに應ずるものありとするも大抵高利貸の類にして其高利に責立てられて倒産の不幸を蒙むるもの多きは實際に屡々見る所なり對物信用の盛なる場合には免れ難き弊害にして生産社會の進歩を防ぐこと少なからず對人信用を實行して無資力者に資金融通の便を與ふるの必要なる所以なり然るに無抵抗の貸付は本來資産に乏しき輩を相手にするものにして篤と債務者の身の上に立入り果して資金を有益に使用するや否や又は之を使用するの技倆あるや否やを調査せざる可らずと雖も是等の調査は非常に困難にして容易に行屆く可きに非ず今の銀行が抵當物の確否のみを判斷して一切の營業を爲すも右の事情あるが爲めにして此邊の困難は如何にす可きやと云ふに我輩は西洋諸國に行はるゝ人民銀行の〓〓を我國に移植して目下の急に應ずるこそ〓〓〓〓〓なりと考ふるものなり抑も此制度は〓〓〓〓獨逸人〓〓リツ グリツチエ氏が〓〓〓〓〓〓〓國に融資してより次第に諸國〓〓〓〓〓〓〓にして〓〓〓を開くに信用の〓〓〓〓細民の閒に組合組織にて銀行を設け〓〓〓〓〓〓〓〓あるときは〓〓〓供託して安全の利殖を謀ると共に資金を要する場合には信用の程度に應じ無抵當にて資金の融通を求むるの仕組なり銀行は平生より組合員と密接の關係あれば其品行性質などを知るに難からざる他の一方に組合員は一旦銀行より得たる信用を失はざらんとしていよいよ事業に勉強して貯蓄を勵み生産業の發達を促すの効能甚だ著しく現に外國には人民銀行の業務大に整理して確實なる財産を所有し地方の公共事業を補助するものも少なからずと云ふ我國の如く斯る制度備はらずして中産以下の人民に自立の念甚だ薄く又實際獨立して事に當るの資力に乏しきときは今後經濟社會の進歩と共に貧富の懸隔いよいよ甚だしく資本と榮力との衝突は極端に走らざるを得ず人民銀行を設立して無資力者に資金融通の便を與へ斯る弊害を抑制するの必要甚だ明白なりと云ふ可し唯その組織の眼目は組合員相互の信用を基礎とするものなれば一片の法律を發布したるのみにて直に其實施を望む能はず地方の有力者が此邊の必要を認め大に事に盡力せんこと我輩の切に希望する所なり