「外債を募集す可し」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「外債を募集す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

外債を募集す可し

財政當局者が追加豫算を編成するに當て歳出に加へたる削減額四千六百萬餘圓の内三千四百八十五萬圓は陸海軍の擴張を始め其他の繼續事業に關係するものなりと云ふ元來繼續事業費は償金と公債とに依て支辧するの計畫にして右削減額の幾割が公債を以て支辧する事業費に係るものなるやは未だ知る能はざれども十箇年度財政計画表に據るに本年度に募集す可き公債は四千九百九十四萬餘圓の豫定なれば假りに削減額を以て盡く公債支辧の事業に係るものとするも尚ほ千五百九萬餘圓の公債を募集して繼續事業費に充てざる可らず之に昨年度の募集殘額三千七十萬圓を加ふるときは政府は事業の進行するに從ひ本年度中に四千五百七十九萬圓以上の公債を募集して豫定の計畫を〓行することならん當局者は就任以來財政上の調査に多くの時日を費したれども其結果として本年度の歳計に現はるゝは單に繼續事業費の年度割を變更したるに過ぎず種々樣々の算段を廻らして公債募集の困難を免かるゝは當局者が熱心に希望する所ならんなれども目下公債募集の必要なること右の如くなりとすれば政府は如何にして募集の目的を達せんとするや戰爭以來經濟社會は變態に陥り通貨膨張の爲めに物價の騰貴を促して金融市場に非常の逼迫を來したるは明白の事實にして若しも兌換制度の作用を自然に一任するときは今後常態に復するの望なきに非ざれども昨今の如く輸入超過の爲めに正貨の流出盛なるに於ては金融の緩和は容易に望む可らず現に公債の價格は九十圓以内に下落したる次第なれば斯る塲合に政府が内國市塲に於て數千萬圓の公債を募集するは策の得たるものと思はれず強て之を行はんにはいよいよ金融の逼迫を招きて株式を下落せしめ經濟社會に意外の變を見るやも計り難し或は償金を流用して公債の募集に代ふるは從來政府の慣手段なれども要するに一時を彌縫するに過ぎず償金には既に夫れぞれ一定の費途あるを以て妄に之を流用するときは結局他日の困難を招かざるを得ず政府が豫定の公債を募集するに當て斯る故障を免かれざる他の一方には軍備の擴張を始めとして諸般の新事業は一日も速に完成を期す可きものとすれば目下の實際に於て外債を募集して必要の財源を求むるの外に良策なかる可し昨年十月以來幣制は金貨本位に改まり我公債も同時に金貨公債となりたるにも拘はらず倫敦市塲に於てコンソル公債に比して相當の價格を保つこと能はざるは如何なる次第なりやと云ふに外國資本家の考を以てすれば日本の公債は据置年限短くして發行後五年を經過すれば所有者は何時低利の公債を取換へらるゝやも知る可らず斯くては永く五分の利子を收むる能はざる其上に日本の幣制は金貨本位とは云ひながら今後の金銀比價の變動如何に依り果して之を維持するや否や慥ならず金貨公債の積りにて買入れたるものが銀貨公債として償還せらるゝなどの掛念も圖る可らずとて兎角買い進まざることならん即ち彼らの不安心は此二點に外ならざれば財政上既に外資を入るゝの必要を感じたる上は斷然金貨公債の募集と決し外國人が好むが如く其据置年限を永くして幣制の如何に拘はらず金貨償還の旨を契約す可し然らばコンソル公債と同率の利子を以て額面の募集は覺束なしとするも凡そ三分若しくは三分半の利子にて目的を達すること敢て難きに非ず現に匈牙利並に露西亞の三分利付公債は九十二磅乃至九十四磅、土耳其の三分半利付公債は額面以上にて賣買せらるゝ由なれば我國年來の信用を以てするときは三分利付の公債募集は容易なる可し目下倫敦の金融市塲は非常に逼迫して英蘭銀行は昨年十月以來三分の割引料を維持し市中の諸銀行も大に金利を引上げて遊金に乏しきは明白の事實なれども遠からずして大陸諸國の金需要の減少すると同時に正貨の輸入を促して金融を緩和し外債の募集に便宜を與ふるは疑を容れざる所なれば政府が此一事を斷行し確實なる財源を求めて繼續事業の進行を謀らんこと我輩の説に勸告する所なり