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本文
18980423 官民一致 高橋慶子 2050字
目下の外交事件に對する日本の處置如何は誠に大切にして且つ切迫したる問題なれば
擧國一致以て遺算なきを期せざる可らず若しも一輛の馬車を前後に挽かんとすれば車は何れの方へも動くを得ず或は又馬の力を計らず漫に鞭撻して疾驅せしめんとすれば中途にして馬倒れ車覆る可し火事は目前にあり火の手ますます熾なる時に當り馬倒れ車覆るに於ては迷惑この上ある可らず左れば民間の論者に於ても能く能く前後左右に注意して輕噪の擧動なからんことを望むと共に政府に於ても民心を緩和して内爭の憂なからしめんことを勉めざる可らず而して内爭を防ぐには成る可く人民に近いて憂を分ち事を共にするの方針に出づること肝要にして民間政黨の首領と氣脈を通ずるが如き亦その一法なる可し在野黨の議論を制するに最も有力なる者は即ち其首領なり當局者にして若しも之と相會して目下の外交事情を語り政府の方針を告げて協力を求めんか情意自から通じて共に方向を共にするに至る可し假令ひ或は全然一致の運動は期し難しとするも双方の交情を温むると同時に多少民間輕噪の議論を制するの効能ある可きは疑ふ可らず胸襟を開て共に談ずること大切なりと知る可し或は外交を始末するは當局者の責任なり局外者に相談するが如き政府の威信に關すと云はんか國家問題の前には朝野なし現に大津事件の時の如き官民の區別なく共に憂へ共に奔走したるに非ずや特に在野黨の首領なる者は今日こそ地位を異にすれども元はと云へば同じく明治の元老にして多年事を共にしたる者なれば恰も内輪同士にして國家多事の時に當りて共に協議するは固より當然のことなる可し又或は民間黨に加勢を依頼すれば忽ち報酬を要求せらる可し自由黨の如き現に閣員の椅子を望み容れられざるが為めに提携を絶ちたりと云はんか全然政府に味方すると單に外交に關して一致の運動を爲すとは自から別あり一より十まで無條件にて政府に同行せよと云ふも應ずる者なきは明白なれども外交問題の前には黨派の差別なし官民共に只國の名譽利益を全うせんことを祈るのみなれば政府の仕向けさへ宜しきを失はざれば何人も喜んで===を助く可し今や擧國一致の聲喧しきにも拘はらず漸く一致の實を失はんとす一種の躊堵が一種の對外論を唱道して當局者に當る其==は之を促して國權國利を全うせんとするものにして胸中に一點の私心なきは明白なれども然れども此儘に放任すれば或は流れて==と=ることなしと云ふ可らず憂ふ可き次第なれば當局者==て==注意せんこと我輩の呉々も希望する所なり
兒童の喫烟を禁ず可し
近來紙巻烟草の流行するにつれ何時となく兒童の間にも喫烟の風を催ほし小學校の生徒、官廰の給仕、會社銀行商家等の丁稚小僧にして公然巻烟草をくはえて大道を往來し或は三々五々物蔭に潜みなどして内々喫烟するものあるは毎度見受くる所なり如何にも厭ふべき擧動なるのみならず其身體に及ぼすの害は决して少小ならず且つ又時としては火災の原因となる掛念もなきに非ざれば今の内に斷然禁絶するの工夫肝要なる可し烟草の害は今更述ぶるまでもなけれども其成分中にはニコチンと稱する毒素を含み人の神經を侵して其働きを鈍うするが故に或は忘草などの稱ある所以にして其効能は只一時の氣を鎭むるに過ぎず詰り神經を麻痺せしむるものにして之が爲め身體に及ぼすの害は甚だ明白なるものなりニコチンの量は煙草に由て異れども凡そ全量百分の一より九の間即ち煙草百目に付き一匁乃至九匁を含む者にしてハヴァナ、マニラの上等品と雖も多少の有毒を免かれずと云ふ左れば大人にても多量に煙草を吸ふ者は咽喉を痛め胃の働きを弱め眩暈嘔吐の症を發し年月を經るときは顔色蒼白に變じ胸慄き手顫へて純然たる病人となる事あり况して身體の發育十分ならざる少年輩殊に幼童の身にしてニコチンの毒に中ることもあらば活潑なる精神は次第に消え失せ身體は消化不良の爲めに衰弱して不治の病に陷るものもある可し甚だ恐る可き其上に目前に危険なるはマッチ及び吸=の始末にして本來無分別なる子供の事なれば火を愼しむの心掛なく只人に見らるゝを恐れ物蔭に立隱れてマッチを弄び或は燃さしの煙草を木屑紙屑の中に打棄てなどするより思はぬ災を生ずることもある可し危険千萬ならずや思ふに世間の父兄たるものは言ふ迄もなく子弟の行爲を監督して喫煙の如き惡習は容捨なく制止することならんなれども一歩戸外に踏出せば其眼の及ばざるを如何せん聞く所に據れば獨逸にては法を設けて小學生徒の喫煙を嚴禁し又米國に於ては未成年者に自用の煙草を賣るを許さず犯すものは嚴罰に處するの規定ありと云ふ我國にても是等の例に傚ひ父兄の監督にのみ一任せず政府より命令して幼者に煙草を賣ることを禁じ又何人にても幼者の喫煙を認むるときは之を巡査に告げ父兄又は教師を呼出して緊しく説諭を加へしむる等の法を設けて之を厲行したらんには以て其害毒を防ぐに足る可し世間に児童喫煙の弊を云々するものはあれども未だ其弊を防ぐの工風を聞かず一言して注意を乞ふものなり