「財政の方針と經濟社會」
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本文
財政の方針と經濟社會
政府にして眞に財政整理の目的を達せんとならば增税の一事を斷行して確實の財源を求む
るの外に適當の策なきは甚だ明白にして世間に異論を見ざる所なるに兎角その斷行に躊躇
して今度の臨時議會にも增税案の提出を見るや否や甚だ疑はしと云ふ當局者は就任以來財
政上の調査に多くの時日を費し結局本年度の追加豫算を編成するに當て歳計に四千六百萬
圓の削減を加へたる山なれども其削減は毫も事業縮小の結果にあらずして單に繼續事業費
の年度割を變更したるに過ぎざれば豫定の期限までに事業の完成を謀らんには適當の財源
を求めて必要に應ぜしめざる可らず從來政府は軍備擴張並に其の他の事業を以て盡く臨時
のものと認め從つて之に要する一切の經費は償金と公債とを以て支辨するの方針にして現
に十箇年度財政計畫に據れば本年以後七八年間に右の目的の爲めに一億千八百萬餘圓の償
金を流用すると同時に一億三千三百萬圓の公債を募集するの豫定なりと云ふ昨今の如く内
國の金融非常に逼迫して公債を始め諸株券の價格著しく下落し前途容易に恢復の見込なき
塲合に五分以下の利子にて右の如き巨額の公債を募集するは到底企て及ばざる所なれば結
局償金の一時皆濟を好機とし費途未定の分を流用して盡く公債の募集に應ぜしむることな
らん從來の實驗に徴して疑を容る可らざる所にして現に本年度の追加豫算に於ても償金を
繰入れて財源に充つ可しと云ふ當局者が償金皆濟を熱望したるも全く此邊の事情に出づる
者ならん斯く其の一部を流用して公債應募の風を裝ひ以て一時を彌縫するも償金には既に
夫れぞれ一定の費途あるを以て大に之に依賴する能はずとすれば募集の殘額は如何に處分
す可きや財政前途の困難は此一點にして斯る塲合に迫れば政府は外債を募集するか公債を
海外に賣出すか孰れか其一を斷行せざる可らず殊に昨今風説の如く政府が經濟社會目下の
困難を救濟せんが爲めに償金の一部を割て公債を買入れんには其公債を再び内國の市塲へ
賣戻すは容易に望み難き所なれば海外へ販路を開て財源を求めざるを得ざる可し政府が增
税の斷行に躊躇して從來の財政計畫を踏襲するに於ては右の如き成行を見るは必然の勢に
して償金の繰入と云ひ外債の募集と云ひ或は公債の賣出と云ひ皆、外資の輸入と同樣なれ
ば結〓我國の財政は外貨に依て維持せらるゝの結果〓みる可し財成果して策の得たるもの
なるや否やは姑く〓〓之が爲めに經濟社會は〓〓〓〓〓〓を被むる可き〓昨今の如く輸入
超〓の甚だしき際には在外の正貨を爲換作用にて取寄するは容易の事なれば政府は必ず此
方法に依て内地へ回収を謀る事ならん然らば日本銀行の正貨準備は自から取付けを免かれ
て正貨流出の跡を絶つに至る可しと雖も一方より考ふれば此時より兌換制度は既に自然の
作用を妨げられて通貨収縮の實を収むる能はず從て物價は容易に下落の傾を呈せざるのみ
か若しも政府が先年の例に傚ひて償金預合法を再始し或は現金取寄せを行はんには直接に
通貨を膨脹せしめていよいよ物價の騰貴を促す可し昨年來金融の著しく逼迫したるは物價
騰貴の與て力ある所にして其緩和を謀らんには物價を下落せしむるの外に道なきは明白の
事實なるに政府の財政計畫は却て其下落を妨ぐ可しと云ふ財政上、外資を流用するの結果
にして斯る成行にして永續せんには假令ひ中央銀行が償金の回収に依頼して金利を引上げ
ざるも今後大に金融の緩和を見る能はざる所以なり昨今一部の實業家は金融市塲の逼迫を
救はんが爲めに償金を流用して軍事公債を償還するの必要を唱へ熱心に運動中の由なれど
も本來經濟社會の困難を招きたる原因は財政上より兌換制度の作用を妨げて通貨の膨脹を
促したる一事にこそあれば眞に救濟の目的を達せんには政府をして先づ財政の方針を一變
せしめざる可らず即ち償金を始め在外の正貨は外國拂の經費に充つるの外一切内地への回
収を止め償金を以て支辨す可き豫定の内國拂の經費は更らに其財源を增税に求むるなり或
は其事業にして利殖の性質あるものならんには金融市塲の緩和を呈するを俟つて内債を募
集するなり孰れにしても經濟社會の變態を避くるこそ財政の主眼とす可き所にして今日の
如く外債流用の爲めに通貨を膨脹せしめて物價の騰貴と金融の逼迫とを促し財政計畫に於
て大に依頼せる公債募集をしていよいよ困難ならしむるは决して財政の基礎を鞏固にする
の道に非ず即ち經濟社會の實際より見るも財政整理の爲めには增税の欠く可らざる所以に
して實業家の輩も妄に通貨を膨脹していよいよ困難を甚だしうするが如き拙策は斷じて思
ひ止まり政府に增税の斷行を迫る可し財成の方針にして宜しきを得れば經濟社會が姑息の
救濟を俟たずして自から恢復するに至るは我輩の固く保證する所なり