「朝鮮に銀行を設立す可し」
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本文
朝鮮に銀行を設立す可し
對韓の方略に就ては世間に種々の説あれども其主眼とする所は唯多數の日本人を彼の地に
移住せしめ殖産興業に從事して大に天與の富源を開發し自他の利益を增進するの一事に外
ならず天然の地理よりするも又人情風俗の關係よりするも日本は最も朝鮮に密接して彼の
地に移住して種々の事業を起すは殆んど日本人の專有獨得の云ふも差支なかる可し現に今
度の日露協商に於ても明に此邊の事情を認めたる次第にして今後は日本人が大に奮發して
朝鮮に於て鐵道の敷設なり鑛山の採掘なり或は耕地の開拓なり有利の事業を起して對韓方
略の實を収むるこそ最も望ましき所なれどもいよいよ事業を企つるに當て先づ第一に必要
を感ずるは完全の金融機關を設けて事業家に資金融通の便を與ふるの一點なり從來朝鮮に
は第一銀行の支店ありて銀行一般の事務を扱へども本來居留地の便宜の爲めに設けたるも
のにして僅に其地方の金融を司どるに過ぎざれば今後事業家の後衛となりて事業の發達に
資するは實際に望み難き所ならん即ち特別の機關を要する所以にして既に朝鮮の拓殖を以
て設立の目的とする以上は普通の銀行と異なり日本人が彼の地に土地所有權を得たる塲合
には土地を抵當とするなり或は未収の産物を抵當とするなり孰れにしても變則の方法に依
て資金の融通を謀らざる可らず設立の當初〓は我内地に於て資金を募集するの外なかる可
けれども次第に營業の進むに從ひ在韓の日本人は勿論、朝鮮人の預金をも吸収して運轉の
自在を見るは必然の勢と云ふ可し現に今日朝鮮人の内にて多少貯蓄の心掛けある者は居留
地の銀行に當座預を爲す由なれば彼等をして廣く利殖の妙を知らしむるときは預金の增加
は疑を容る可らざる所にして其曉には日本人の伎倆を以て朝鮮人の資金を利用し天與の利
益を開發するの實を見る可し或は昨今内國の金融市塲非常に逼迫して資金の欠乏、甚だし
く公債株券類の價格は著しく下落したれば若しも餘裕の資金あらんには右の證券を買入れ
て他日の騰貴を俟つ可く又今日諸銀行の實際を見るに七分以下にて預りたる資金を一割以
上に運轉して非常の差益を占むるの常なれば若しも銀行を設立するの必要あらんには内地
に於て事を謀る可し殊更らに朝鮮に銀行を設立し或は其株式に應ずるの必要なかる可しと
の説もあらんかなれども斯の如きは實際に迂濶の議論にして殆んど顧みるに足らず我國に
於て〓〓を少金利の〓〓を呈したりとは云へ朝鮮と比較すれば尚〓〓〓の相違あるを以て
單に彼の地に於て金貸業を營むも金利の差にて充分の利益を収むるは數字の證明する所な
るのみならず更に一歩を進めて未發の富源を開かんには其利益は疑ふ可らず朝鮮の農民が
今日非常の苦境に陥り年豐にして尚ほ飢寒に苦しむの慘状を免かれざるは全く地方官吏の
暴政の爲めに土地の荒廢を招きたるの結果に外ならざれば日本人が移住して耕作に從ふと
きは斯る危險の存せざるは甚だ明白にして啻に土地のみに止まらず鑛山をも採掘して次第
に物産の增殖を謀らんには自から運輸交通の必要を促すに至る可し其収益は甚だ確にして
銀行が之に資金を融通せんには内地に於て見る可らざる高利を以て直に回収するを得るこ
とならん一旦銀行にして設立せられんには機に乘じて銀行自から諸般の事業を引受けて収
益を謀るも决して不得策に非ざるのみか寧ろ事業速成の効を見るは外國の殖民地に於ける
商會銀行の明に實驗したる所にして内地の富豪は他の機先を制して斯る事業に着手するは
自家の基礎を鞏固にするの道と云ふ可けれ殊に今後朝鮮にして大に通商貿易の發達を謀ら
んとならば貨幣を統一するの必要あるは甚だ明白なれ共自國に於て之を鑄造するは容易に
企て及ばざる所なれば寧ろ今日最も廣く行くはるゝ圓銀を以て法貨に充つるの外に道なか
る可し然らば銀行は設立の當初に於て先づ彼の政府と交渉し圓銀を以て啻に海關に於て収
納するに止まらず民間に於て無制限法貨として通用せしむる他の一方には日本政府と圓銀
供給の特約を結び自から進んで貨幣伸縮の衝に當る可し彼我の貿易に便利あるは勿論銀行
の信用を鞏固にするには此上もなき良法にして此特權を得んには區々たる政府の保護に依
賴せずして營業の繁昌を見るは我輩の固く保證する所なり