「選擧法の改正」
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時事新報に掲載された「選擧法の改正」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
選擧法の改正
今度政府は選擧法改正案を議會に提出するよし其要點は選擧區並に選擧權を擴張すると共
に市を獨立の選挙區と爲し議員の數をも增加するに在りと云ふ實際に於ては或は著しき効
能もなからんかなれども法の精神に於ては慥に一歩を進めたるものと云はざるを得ず現行
法に據れば直接國税十五圓以上を納むる者に非ざれば選擧權を得ざるの定めにして選擧人
の數は全國を通じて四十六萬餘に過ぎず僅に人口の九十分の一にして名は代議政治なれど
も其實は一種の貴族政治と云ふも可なり西洋諸國に於ても斯の如き窮屈なる制限を見ざる
の例なれば此際その制限を寛にして納税資格を五圓もしくは三圓以上とするは至當の處置
なる可し或は其資格を低くすれば選擧人の内に無智の民を增して面白からざる結果を生ず
可しとの説もあらんかなれども人の智徳は納税の多少に伴はざるのみか元來代議政治なる
ものは國民の中に相當の代表者を選出するの智德あるものと假定して其上に打立てられた
るものなれば今もし其制限を世間並に廣げたるが爲めに途方もなき人物を選出するの虞あ
りとすれば日本國民は初めより代議政治に適せざるものと云ふも可なり且つ選擧人多けれ
ば今日の通弊たる賄賂、饗應、脅迫等の手段を行ふも自から困難と爲る可し左れば此異論
は聞くに足らずとして次に選擧區の擴張は如何と云ふに狹き區域の間に爭へば智德の優劣
に拘はらず其土地に縁故深き者が自から勝を制す可しと雖も廣き舞臺に押出せば有名なる
人物は四方より投票を集むることを得るが故に地方割據の小人物を壓するに便なる可し是
れまで知名の政客にして往々小學敎師もしくは村長上りの輩と爭ふて敗北したることある
は主として土俵の狹きが故なれば一府縣を通じて一選擧區とするは至當の改正として扨そ
の投票法は單記法即ち一人、一名とす可きか或は一縣下二十名の議員を出すものならば各
選擧人が二十人を一列に投票す可きか各地方事情を異にするが上に銘々の頭上に直接の利
害あることゝして目下政黨員の間には議論喧しきよしなれども連記投票にすれば縣下に於
て最大勢力を占むる政黨は區内一切の議員を網羅して小黨派並に政黨以外の者は一人の代
表者をも出すことを得ず小黨派は小なりに相當の代表者を出し且つ政黨員たると否とに拘
はらず〓〓次第にて選出せらるゝの望ありてこそ代議政治の本意に〓〓〓可きに大政黨員
に非〓〓〓一切〓出しするを得ずとは餘りに〓〓〓〓〓〓は〓るを得ず左れば先づ單記投
票を〓〓〓〓〓して次〓〓の〓〓は如何と云ふに〓〓には何人も異議なかる可し人文の程
度より云ふも資産の點より見るも市は其地方の主腦なれば議員選擧に於ても郡部より重き
を置かる可き筈なるに然るに現行の法律にては双方を混同するが故に少數なる市民は常に
多數なる農民の爲めに壓せられて相當の代表者を出すこと能はず商工業者の利害が自から
議塲に輕ぜらるゝの傾あるは識者の夙に遺憾とする所なれば市を獨立の選擧區と爲し人口
の割合に郡部よりも多數の議員を出さしむるは誠に當然の處置と云ふ可し斯くて市部に於
ては人口五萬に付き一人の議員を出し郡部に於ては八萬に一名を選ぶとすれば代議士の數
は四百七十餘名と爲る可しと云ふ三百を增して五百としたればとて實際に格別の効能ある
可しとも思はれざれども各國の例に照せば三百は少なきに過ぎ四百何十名とするも多きに
失せざることなれば選擧權を擴張して世間並に近寄らしむる其序に議員の數をも世間並に
するは不當に非ざるのみか議會の勢力を大ならしむるが爲めには議員の多きこそ便利なる
可し次に被選人の納税資格を除きたるも善し獨り年齢の制限を存するは蛇足と云はざる可
らず前にも云ふ如く代議政治は人民に相當の智識ありと假定するものにして今回被選人の
納税資格を撤せんとするも之を徹したればとて途方もなき人物を選擧するが如きことなか
る可しとの趣意なれば年齢の制限を廢したればとて小供に投票するの憂もなきものと想像
せざるを得ず其一を廢して他の一を存するは矛盾と云ふ可し要するに今回の改正は少なく
とも道理上に於ては現行法よりも進歩したるものにして實際に於ても必ず多少の好結果あ
る可し若しも實施の上、欠點を見出すことあらば重ねて改正するも不可なしとして敢て斷
行を促すものなり