「革新の時機迫る」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「革新の時機迫る」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

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革新の時機迫る

革新の時機迫る

議會に多數を占めたる黨派が進んで政權を握り立法行政の兩機關相調和して始めて國政の

進歩を期す可きものなるに然るに我國に於ては不幸にも双方互に立脚點を異にして恰も水

火相接するが如く政府が辭職せずんば則ち議會が解散され辭職解散相繼いで此に九年の歳

月を艱難の間に送りしこそ遺憾なれ試に議會の〓〓を見よ第一回には豫算問題に付て烈し

く衝突し兩々相對して一歩も進むこと能はざりしが〓〓にも帝國〓〓以來初めての議會な

れば〓〓の中にも多少折合はんとするものあり當局者も大に讓歩して漸く一時を彌縫した

れども時の内閣は程なく倒れて第二議會は松方内閣に依て召集せられたり此議會に提出せ

られたる問題は海軍擴張、監獄費國庫支辨案等何れも必要のものなりしかども不信用なる

政府には是等の事業を託するを得ずとて議會は痛く反對して一歩も讓らざりしかば當局者

は遂に解散を命じたり是れぞ即ち衆議院解散の嚆矢なり此時に至て政府は政黨に依るに非

ざれば到底政を行ふこと能はざるを感じたるか選擧の際種々苦心して政友を募り國民協會

なるものを組織して一人の元老その首領と爲り以て民黨の攻撃に備へたり斯くて第三回の

議會は同じ内閣に依て召集せられしが選擧干渉の非難は恰も噴火山の如き勢を以て破裂し

弾劾上奏案だけは政府黨の力に依て辛うじて防ぎたれども内外の物論はますます烈しく閉

會後間もなく内閣は遂に倒れて第四議會は伊藤政府の下に開かれたり元來民黨の趣意は所

謂藩閥打破に在るものなれば幾たび當局者が代はるも政黨の力を識認せざる限りは到底滿

足す可きに非ず此議會に於ても大衝突を引起し政府が進退に窮したる際意外にも詔勅下り

て僅に局面一變したれども第五議會も第六も或は條約厲行を迫り若しくは不信任を上奏し

て當局者と兩立す可からざるの勢を示したれば引續き解散せられたり第七回は廣嶋に開か

れたる臨時議會にして第八回は尚ほ戰爭中に在りしが故に無事に閉會し第九回は戰勝の餘

光と自由黨との提携に依り一瀉千里の勢を以て戰後經營の諸案を議了し此に伊藤内閣は靜

に退いて第二の松方内閣成り進歩黨と協力して第十回議會は難なく切抜けたれども第十一

回に至り政黨を疎外し政府も議會も共倒れと爲り第十二回は即ち今度の議會にして增租案

否决の爲めに解散せられたり斯の如く議會の歴史は恰も立法行政の衝突史にして僅に事な

きを得たるは戰爭中と政黨の力を識認したる間のみ明治二十三年憲法の實施以來議會の解

散せられしこと既に五回、解散に次ぐに解散を以てしたること二回にして内閣の更迭も隨

て亦頻繁なり即ち九年間に五回の交代にして前回の伊藤内閣は外戰の爲めに案外永く續き

たれども其他は何れも一年内外の壽命に過ぎず以て政界の動搖常なきを見る可し同搖常な

ければ政務の澁滯は自然の數にして例へば海軍擴張、監獄費國庫支辨の如き第二議會以來

の問題にして朝野共に必要を認めながら容易に實行するを得ず海軍擴張は第四議會に至り

詔勅と御手元金の御下賜を煩はして僅に其端を開きたれども監獄費は今尚ほ其儘なり又增

税の如き前内閣も之を計畫して成らず今度の議會は〓めに解散せられたるのみならず今の

まゝにて推行かんには此次の議會にも到底通過の見込なかる可し人民の嚢中には綽々とし

て餘裕あり政府の財政は甚だ困難にして當局者は增税案通過せざれば明年度より國家の生

存覺束なしとまで極言したるほどなるに然るに實際事の行はれざるは如何にも堪へ難き次

第にこそあれば此際是非とも多年の紛爭を解くの工夫なかる可らず其工夫とは即ち政黨を

撲滅するか政府の立脚點を政黨の上に移すかの二途にして今日の事情、政黨撲滅など思ひ

も寄らぬ所なりとすれば殘る所は只一あるのみ若しも元老輩にして立憲の時代に專制の夢

を貪り此上尚ほも紛爭を繰返へさんとするが如きことあらば最早や用捨す可らず政黨もい

よいよ决心して根抵より老政府を覆す可し小黨分立して時に政府をして漁夫の利を得せし

むればこそ藩閥も尚ほ餘命を保つなれ同主義の政黨が斷然從來の行掛を棄て過半數の議員

を包有する大政黨を作りて眞一文字に切込まば政府も自から閉口せざるを得ず或は政府を

閉口せしむるは易しと雖も跡の始末は困難なる可しとの説もなきに非ず如何にも其通りに

して當分は矢張り混雜を免れざることならんと雖も政府の顏觸れを見れば隨分輕き人物も

少なからず政黨の内には伎倆に於ても重みに於ても此輩に優るもの多きのみならずいよい

よ政黨の時代と爲れば黨外の人物を招くも亦容易なる可し相黨の政府を作るは决して難事

に非ず假令ひ一歩を讓て初めより立派なる内閣は出來ざるものとするも一旦政黨内閣の端

を開けば政治は此に變則より轉じて本則に入りしものにて年と與に次第に進歩す可きは疑

を容れず今日の如く際限なき爭を爭ふて年と與に紛議を增すは最早や我輩の堪ふる所にあ

らず革新の時機は既に迫れり政府は議會開設以來の歴史に鑑みて自から新勢力と抱合する

か然らざれば斷然政界より退隱す可し國政進歩の爲めに飽迄も我輩の敢て勸告する所なり

諸政黨の合同

民間黨は深く政府の處置を憤り今回進歩黨も自由黨も共に合同して大政黨を作り眞一文字

に進んで政府に迫る可しと云ふ其團結果して永續す可きや否や疑なき能はざれども既に斯

る形勢と爲れば當局者は大に苦しまざるを得ず議會開設の初めに當りては民黨の気焔甚だ

盛にして或は屡々政府の不信任を上奏し徹頭徹尾政府案に反對して一擧に雌雄を决せんと

したれども政府の力も亦侮る可らず一勝一敗互に揉み合ふ中、議會も容易に目的を達する

の難きを悟り漸く其論鋒を着實にすると共に政府も一人角力を取るが如く勝手に振舞はん

とするの不可なるを察して次第に民論を容れ双方相近づきて遂に提携する迄に至りしは政

治上の進歩にして若しも此勢にて進みたらんには困難の時代を滑に經過したることならん

に政府は又もや強ひて超然主義を行はんとしたるより政黨の方にても到底調和の見込なき

を悟り議會開設の當初に立歸りて急進突撃將に大波瀾を生ぜんとするの形勢に迫りしは遺

憾と云ふ可し元來憲法政治の世に政黨を度外視しするの無稽なるは云ふまでもなきことな

れども藩閥長老の勢力も亦全く無視するを得ず凡俗社會の中には今尚ほ元勳の名を聞て其

前に跪く者多し此際に處するの良策を求むれば政黨を主力として之に長老の勢力を鬪合鬪

合し双方をして各々その所を得せしむるに在ることなれども老人の常として時と共に移る

能はず政黨の方にては頻りに提携を求むるにも拘はらず長老は一向に取合はずして何時ま

でも時局の定まる可き見込なきに於ては諸政黨が合同して強ひて其勢力を事實の上に識認

せしめんとするは自然の勢と云ふ可し斯くて一直線に進撃して政府の議案は盡く否决し其

施設には一切反對せば當局者も自から窮せざるを得ず一度や二度は或は解散を以て應ずる

ことを得れども解散の連發は恰も憲法中止と同樣にして如何に亂暴なる政府も到底行ふ可

らず斯る形勢に立至りて政府は坐して滅亡を待つか、自から進んで新に政黨を作るか、二

者その一を選ぶの外なし長老、年老したりと雖も天禀の氣力あり維新當時の餘勇を皷して

天下に呼號せば有力なる政黨の新組織决して難からず大成會は亡び國民協會は振はずと雖

も是れは只作りしまゝにて保育せざりしが爲めなれば此例を見て失望す可らず現に自由黨

の如き相當の條件を以て政府の用を爲さんとしたるほどの次第なれば長老の决心次第にて

尚ほ爲す可きの餘地あるは疑ふ可らず斯くて民黨は合同して政府に向ひ政府は新政黨を組

織して雌雄を爭はゞ亦以て際限なき紛議を决することを得べし民黨の合同は政府を促して

此策に出でしむるか然らざれば藩閥を政治社外に葬るものにして何れにしても政治を〓〓

に向はしむるに於て多少の効能ある可し我輩の寧ろ喜ぶ所なり