「外資輸入の困難」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「外資輸入の困難」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

外資輸入の困難

先頃臺灣鐵道會社が英商と資金借入れの契約を結びてより以來外資輸入の説はおいおい實業家の間に盛にして其方法に就ても自から種々の議論あるが如くなれども目下の實際に於て其輸入を防ぐるの事情少なしと云ふ可らず先づ第一に我國に於て資金の供給を受く可き倫敦金融市塲の近況如何と尋ぬるに昨年來非常の逼迫にして英國銀行の割引歩合は本年四月以來四分に上り今後容易に下落の見込なしと云ふ或は昨今市中の諸銀行は多少割引歩合を引下げたるが如くなれども是は英國銀行が金利を引上ぐると同時に一時金塊の買入價格を改正するなど樣々の手段を運らして正貨の吸収に盡力したる結果漸く現はれて正貨準備が著しく增加したるを以て斯くては銀行に於て更らに金利を引上ぐるなどの掛念なかる可しとて諸銀行一體に警戒の方針を緩めたるものに外ならざれば差し當り米國が戰爭の爲めに多額の正貨を需要するか或は我國が目下英國銀行に預託中なる償金の一部を内地へ現送するときは勢、銀行の正貨準備を取付けて金融市塲に逼迫の勢を免かれざる可し兎に角に昨年五月頃までは二分内外を上下したる中央銀行の割引歩合が四分に騰貴したる以上は公債を始め諸株券類の相塲が下落するは必然の數にして例へば二分七厘半利付のコンソル公債の如き昨年と比較すれば常に四五磅内外の下落を呈する次第なれば今日倫敦に於て多少の遊金ある者が相塲の下落に乘じて公債株券を買入れんには遠からず充分の収益を得ることならん現に英國財政家の間には日本政府が財政上より償金回収の必要に迫らるれば兎も角も多少の餘裕あらんには此際大に株券を買入れて他日の騰貴を俟つこそ萬全の策なる可しとの説さへある由なれば英國は勿論大陸諸國の資本家の如きは殊更らに不案内なる東洋に投資の塲所を求むるまでもなく倫敦に於て利殖の目的を達するに難からず米國の資本家が先頃來彼の地に於て頻りに自國の株券を買戻すも畢竟この邊の機會に乘ずるものにして倫敦の金融市塲が大に緩和を告げざる以上は平時の如く低利の資本を我國に吸収し難き所以なり又假りに外國の資本家にして眞實我國の事業を有利なりと認め之に資本を放下して後來の利益を望む者ありとするも我事業家に好都合の條件を以て融通の道を開く可きや否や我國の金融市塲は一昨年來逼迫して日本銀行の金利は目下一割近くに上りたれども元來繁閑の變、極りなきは金融の常にして一旦貿易の逆勢その跡を収ぬ輸出超過の爲めに正貨の流入を招くときは日本銀行の正貨準備が次第に增加し其增加に連れて金利を引下げ世間の需要に應じて自由に資金を貸出し金融を緩和するは必然の成行なれば本年の如き逼迫の塲合に五分にて外資を借入るれば利益ありと爲したるものも明年頃に至りて金融緩慢となるときは或は意外の損失を招くやも知る可らず左れば事業家の利害より考ふれば外資を借入るゝには成る可く据置年限を短くして何時にても自由に借換を行ふを得るこそ肝要なれども外人の利害より云へば出來得る丈け年限を長くして充分の利益を占めざる可らず借主と貸主との利害の衝突するは此一點にして双方に於て折角盡力したる輸入の計畫も此一段に至りて頓挫を來すなどの掛念なきに非ず或は斯る困難は資本家が直接に事業家に資金を貸付けんとして其契約の塲合に起るものにして若しも彼等が低利の資金を以て我國の株式を買入れんには右の困難を見ずして金融市塲全體を潤すを得るのみか昨今の如く株式の下落したる塲合には最も適切の輸入法なりと云ふ者もあらんかなれども今日の實際に於て外人は自由に内國諸會社の株式を所有する能はず明年七月改正條約の實施後は株式も一種の動産に外ならざるを以て法律に格別の制限なき以上は外人は自由に所有するを得べけれども國會議員の間には其所有に窮窟なる制限を設けんと主張する者少なからずと云ふ國中一般の有樣を外より觀察したらんには日本人は外人に對して決して同等の待遇を與ふるものと見る可らず否な實際には其自由を妨ぐるものと認むることならん外資の輸入を妨害する重なる原因は此一點に外ならざれば既に其輸入の必要を認めたらば何は兎もあれ先づ從來の制限を解て輸入の道を開く可きのみ思ふに一方に有餘の資本を移して他の需要に應ずるは經濟上自然の融通法にして例へば我國の如く資本の供給甚だ乏しく眼前に多望有利の事業を控へながら着手の力なき塲合には外資は自から内國へ流入す可き筈なるに實際に輸入の效を奏する能はざるは一方に種々の事情ありて其輸入を難からしむるが爲めに外ならず其事情の内にて第一第二の困難は政府の力に依て如何ともする可らざるを以て自然の成行に放任するの外なしとするも第三の困難に至ては殊更らに加へたる人爲の干渉にして全く無用の沙汰に過ぎざれば速に斯る制限を撤去して外人の雜居と共に外資の事業をも自由にす可し我輩の熱心に主張する所なり