「官吏登用法改造す可し」
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本文
官吏登用法改造す可し
今の政府の官吏登用法は如何なる精神より成りたるものなるやと云ふに抑も明治の初年政
府が文部省を創立して始めて學制を頒布したる當時の考にては學問の權を當局者の手に握
りて全國の敎育を統一せしめ政府の力を以て文明開化の進歩を謀らんとしたるものに外な
らず百事匆々の時代には無理もなき考にして敢て怪しむに足らずと雖も以て其精神の所在
を知る可し然るに敎育の效能空しからず社會文事の漸く進歩するに隨ひ或る部分に一種の
説を生じたり曰く西洋の學問は技術一偏所謂功利の説に外ならず之を利用するは固より妨
がしと雖も東洋には東洋固有の道德あり學問の大本は其道德に基かざる可らずとの趣旨に
して從來漢〓者流の專ら唱へたる所にして珍らしからぬ陳腐説なれども明治十四五念の頃、
世間に民權の論次第に喧しくしてますます政府に反對の勢を現はしたるにぞ當局者の輩は
種々に其鎭壓法を講じて學問敎育の力に依て之を制するの外なしと認めたることならん眞
に右の陳腐説を採用して儒敎主義の復活を實地に演じ官公立の學校に所謂鴻〓碩學の徒を
聘して古書を講ぜしめ或は開港塲の商業學校に英〓の敎授を許さゞりしなどの奇談さへも
あり文部省にて自から讀本を編纂して全國の學校に用ひしめたるが如き其頃よりの發意に
して盖し政府の意に謂らく民間の物論は私立學校の敎育に由來するものなり私立の敎育は
恰も政府の敵を造るものなれば之を撲滅したきは山々なれども敎育の撲滅は容易に行ふ可
らず是に於てか官立の學校にて專ら官吏を養成し其力に依賴して政府國を守り以て人民國
に當らんと决心したるは當時の事情に徴し萬々疑ふ可らざる所にして彼の二十年に文官試
驗規則を發布し政府の大學校出身の學制に非ざれば高等官たるを得ざるの制限を定めたる
は專ら人民國排斥の精神に出でたるものと認めざるを得ず當局者の輩が如何に辭を設けて
辯解するも天下の人民に官吏登用の試驗を受く可き權理さへも與へざりし事實は慥に其精
神を暴露して掩ふ可らざるものなり其後國會の開設あり民論の反對ますます盛なるを見て
少しく感じたるものか二十六年に至り文官任用令なるものを發布して高等官の試驗を一般
に公開することゝしたるは始めて年來の非を悟りたるものゝ如しと雖も實際に於ては政府
は依然、政府國人を以て組織し人民國人は其門に入るを得ず兩々相對して以て今日に至り
しことなり斯くの如く述べ來るときは政府の精神は甚だ明白にして飽くまでも人民を擯斥
し内外を區劃して固く自から守りたるの實を見る可し然るに今回の政變は明治初年以來の
大變革にして始めて政黨内閣の實を見たりと云ふ即ち人民國人を以て政府を造りたるもの
なれば大に革新を要す可きもの一にして足らざれども第一に官吏登用法の如きは從來の政
府が政府國人を以て自から地位を守るの精神より案出したる還法にこそあれば根柢よりし
て破壞せざる可らず我輩の敢て新政府に望む所のものなり或は官吏の登用法は實際の必要
にして决して廢す可らず若しも之を廢するときは人を採るに一定の標準を失ひ當局者銘々
の手心にて勝手に任用することゝ爲り自から情實の弊を生じて次第に年を重ぬる其中には
弊害百出底止する所を知らず遂に第二の情實政府を見るに至る可しとの掛念もあらんか我
輩は敢て絶對に登用法を無視するものに非ず馬を買ひ犬を飼ふにも自から之を試みるの必
要あり官吏の採用にも何か標準を定むるは亦自から必要ならんと雖も今の登用法は前述の
如き精神に成りたるものにして腐敗の遺物决して襲用す可きに非ざれば何は兎もあれ一旦
は根柢より破壞して其精神を絶滅せしめ更らに新規に改造せざる可らず我輩の敢て破壞を
主張する所以なり左れば現法は飽くまでも破壞を决定して扨新法の趣向は如何す可きやと
云ふに從來の法は右の精神より出たるが故に其制限の如き甚だ窮屈にして廣く人を容るゝ
に便ならず否な恰も人を防ぐが爲めに設けたるものにして人民國には不通の法にこそあれ
ば第一に其制限を寛にし今の尋常中學校若しくは此と同等以上と認めたる公私學校の卒業
生即ち普通學を修め得たるものは試驗を要せずして登用の自由を與ふ可し而して學校認可
の權能は實際に文部省に任ずるの外なしと雖も從來の如く當局者の毛嫌ひの爲め手心を用
ひて此れを抑へ彼れを揚るが如き不公平の沙汰は斷然止めにし一般の見る所にて尋常中學
同等以上と認めたる學校ならんには其種類の如何に拘はらず一樣平等に認可きものなり大
體は凡そ右の趣向として我輩の殊に望む所は苟も高等官たらんものは必ず英語英文を解す
るものに限るの一事にして尋常中學認可學校の外より出でゝ官吏の志願者たるものは先づ
第一に英語英文を試みることゝ爲す可し事柄は少し殊なれども我輩の所見を以てすれば國
會議員の如きも英語英文を解せざるものは候補者たるを得ざるの規定を設くること肝要な
りと信ずれども今日の實際には容易に行はる可らずとして之を他日に望み官吏に限りては
直に實行して差支なかる可し我輩の序ながら希望する所のものなり