「大改革を斷行す可し」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「大改革を斷行す可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

大改革を斷行す可し

政府部内の改革官吏の更迭に就ては政務官と事務官とを區別して漫に黜陟を行ふ可らずと

の説あり誠に着實の考にして一應尤もなるに似たれども我輩の所見を以てすれば今度の政

府は政黨内閣の始めを成したるものにして一般の人氣盛なるが如しと雖も内部の有樣を窺

へば三十年來繼續の政府を遽に讓り受けたることゝて其趣は舊家の主人一變しながら番頭

手代の輩は舊に異ならざるが如し或は新主人にして既に全權を握りたる上は屬僚輩の如き

决して意に介するに足らず新舊孰れにても差支なきが加くなれども所謂新主人舊家老の喩

に漏れず萬事不如意、第一に政府の威信は見る可らず左れば新當局者にして果して施政の

面目を一新して政黨内閣の實を収めんとならば何は扨置き大に部内の更迭を行ふこそ差向

きの急要なれ政府の基礎を固むるが爲めに實際止むを得ざるの所置として我輩の敢て决斷

を勸告する所なり極端を云へば從來の官吏は悉く一掃して大小を論せず根抵より洗ひ去り

之に代ふるに新人物を以てする其人物は必ずしも智愚賢不肖を問はず只部内全躰の空氣を

新にするの目的を以て大に决斷するも差支ある可らず否な斯くありてこそ始めて新政府の

新面目を認む可きなれども斯る大决斷は兎も角もとして部内の要所を占むる高等官の輩は

是非とも更迭せざる可らず今回警視總監の懲戒免官の如き至當の沙汰にして屬僚の身分に

てありながら政府の主義に反對し剰へ部下を煽動せんとするが如き怪しからぬ擧動と云は

ざるを得ず斷然たる處分に及びたるは固より其當を得たるものなれども我輩の所見を以て

すれば前政府の時より繼續したる官吏輩は斯る不穩の擧動なしと雖も一旦は是非とも更迭

せしめざる可らず當人に對しては誠に氣の毒なれども實際に止むを得ざるの處置なればな

り從前とても中央又は地方にて長官に更迭あるときは殆んど部下の屬僚を一新したるの例

なきに非ず新長官の意見を行ふが爲め實際の必要に出でたるものならん一局部の更迭にさ

へも其必要を感じたることなるに今回の政變は三十年來の政府を一變して始めて政黨内閣

の端を開きたるものなれば其基礎を固くするが爲めには新主義の人物を容るゝこと必要に

して從來の官吏中には從順一偏、新主人に事ふる舊主人に於けるが如き者もあらん又は實

際に缺く可らざる必要の吏人もあらんなれども其事情の如何に拘はらず兎に角に一旦は罷

免して政府一變の實を明にし果して有用の人物ならんには更らに登用す可きのみ敢て新舊

を云々して人を嫌ふに非ず政府の基礎を固くするに止むを得ざるの處置なればなり例へば

以前の藩閥政府を見るに大小の官吏孰れも薩長の人物を以て組織し單に部内の事を專にし

たるのみならず政府に關係ある銀行會社などまでも藩閥人を配置して水も漏さぬ有樣なり

き世間に藩閥反對の氣焔を高めしめたる所以なれども一方より見るときは是れぞ即ち政府

の基礎を固くしたる第一原因にして若しも最初より廣く他人を容れて世間體を粧ふが如き

小膽略を執りたらんには藩閥云々の攻撃も少なき其代りに卅年間政府を維持するが如きは

到底覺束なかりしことならん藩閥人を以て一切部内を占めたるは政府維持の必要に出でた

るものにして此點より見れば寧ろ其略の得たるを認めざるを得ず今回の政府は政黨内閣に

して議會に多數の味方を得るは疑なしとは云ひ乍ら當局者の政府に入りたるは恰も赤手、

身を挺して敵の眞中に入りたるに等しく左右前後悉く舊政府の舊官吏のみにして眞實、心

の中より感服して之に仕ふるものはなかる可し或は其輩に於ても自から時勢の變化を認め

其分に安んじて敢て反對の意はなからんなれども其處が即ち新主人舊家老の喩にして若し

も此儘にして改めざるときは自から種々の困難を感じて百事意の如くならず政權を維持し

政略を行ふの一點に於ては却て舊政府に劣るの掛念なきを得ず或は當局者の輩は年來政黨

内閣の爲めに運動しながらいよいよ其目的を達して政府の内に入て見れば自から内外に對

する情實もありて一刀兩斷の勇を得ず四方に遠慮して急變を憚かるの意味もあらんか自か

ら老成の考に似たれども斯くの如くにして日一日を經過するときは却て世間の人心を倦ま

しめ意外の邊より破綻を生じ自から四分五裂して拾収す可らざるに至るやも知る可らず我

輩は政府が今回警視總監を處分したる其决心を以て部内の大改革を實行し大に新空氣を注

入して自から基礎の堅固を謀るの英斷に出でんこと敢て希望に堪へざるなり