「保守論者安心の道」
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時事新報に掲載された「保守論者安心の道」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
保守論者安心の道
外資輸入の目的を達せんとならば今の法律に於て輸入の妨害を爲す可き種々法律上の制限
を除くこそ適當の處置にして土地鑛山の所有權を外人に與ふるは勿論、銀行會社の株式な
どに彼等の投資を促すは自から彼我の利益を增進するの道なるに保守論者の間には若しも
政府が斯る方針を取りて外資の輸入を奬勵せんには内地有利の事業は盡く外人に左右せら
れて埃及土耳古の失策を再びするに至る可しなど途方もなき者を懷く者少からず殊に明年
七月以後改正條約の實施と共に諸會社の株式は一種の動産に外ならざれば内國の法令に特
別の制限なき以上は自由に外人に所有せらるゝを以て其所有の爲めに如何なる困難を招く
やも知る可らず斯くては甚だ掛念に堪へ難ければ豫め此邊の不都合を防がんが爲めに鐵道
會社の株式は一切外人に所有せしめざるか或は時宜に依りては私設の幹線鐵道を國有に移
す可しとの説もありと云ふ固より取るに足らざる愚論にして一笑の價値もなきが如くなれ
ども斯る愚論が意外の邊に勢力を占むるは明白の事實にして例へば國會議員の輩が屡ば議
會に民法の改正案を提出して外人の私權に制限を加へんとするが如きは此種の保守論を代
表するものに外ならざれば實際政府が外資輸入の手段として種々樣々の制限を除かんとす
るも此輩の爲めに事を妨げらるゝの掛念なしと云ふ可らず斯る愚論の爲めに輸入の實を擧
ぐる能はずとは唯遺憾と云ふ可きのみ左れば今日の謀は兎に角に保守論者を安心せしめて
圓滑に外資を入るゝの工風こそ肝要なれ其法他なし唯論者をして事の眞面目を了解せしむ
るに在るのみ思ふに保守論者が外人の投資を恐るゝは例へば鐵道會社などの株式が盛に外
人の手に入るときは會社の營業は彼等の利害に依て支配せられ政府が戰爭の塲合に鐵道を
利用せんとするも意外の故障を生じて軍隊職具等の輸送に不便を感ずるに至る可しと信ず
るが爲めならん然るに現行の私設鐵道條例第二十三、四條は此邊の必要に應ずるものにし
て會社の株主は何人なるを問はず既に結社して事業を起し日本政府の法律に從て法人と認
められたる以上は政府は右兩條の規定に據り戰時その他の事變に際して自由に鐵道を使用
するを得る筈なれども尚ほ樣々に掛念を懷くは法律に右の如き有力なる文字あるを知らざ
るか或は輕忽に看過して日本の法律は外人の株主を交へたる會社に及ばざる可しなどゝ速
斷を下したるが爲めならん畢竟感情に驅られて杞人の憂を憂るものと云ふ可きのみ左れば
此輩の惑を解て安心せしむるには今の法律を改正して政府の特權を明にし會社の株主が外
人たる塲合にも國家の公用には自由に鐵道を使用するを得るなどの箇條を追加して政府の
使用權に關する規定を明細に設くると同時に會社の株式鐵道の客車若しくは繁華の停車塲
などには同樣の文句を掲示して廣く世間の注意を促さんには見聞の間に自から智識を進め
て自から安心することある可し又外人の方より見るに彼等が内地の諸事業に資本を放下せ
んとするは永く利益を収めんが爲めにして戰爭その他一時の急要に一時の營業を妨げら
るゝことあるも所謂萬一の塲合のみ深く憂ふ可きに非ざれば假令ひ斯る嚴重の規則を知ら
しむるも外國人は我法律の眞面目を信じて鐵道を始め土地鑛山の如き不動産の利益あるも
のを擇び進んで資本を投ずることある可し即ち保守翁を安心せしむると同時に外資を入
るゝの手段にして誠に兒戯に等しき小策の如くなれども保守家の智識は小兒以下に在るも
のなれば政府が斯る策略を施すは實際に已むを得ざる處置なる可し