「小銀行の合併を望む」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「小銀行の合併を望む」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

小銀行の合併を望む

一昨年來物價騰貴の爲めに銀行の諸預金は動もすれば減少の傾を呈するを以て市中の諸銀

行は頻りに利子を引上げて預金の吸収に着手したれども今日までの經過を見れば引上げの

結果は單に一銀行の預金を他に移したるに過ぎず更らに一歩を進めて中流以下の社會に貯

蓄を奬勵し此輩より大に遊資を吸収して銀行全體に貸付けの實力を豐にするなどの効能を

見る能はざるが如し元來銀行の預金は利子の歩合如何のみに依て增減するものに非ず銀行

が世間に信用の厚きと否とは預金の吸収に非常の關係あるものにして小銀行が如何に利子

を引上げたればとて容易に預金を增す能はざる其反對に大銀行が利子を動かさずして巧に

他より吸収するを得るより見るも此邊の事實は甚だ明白なれば銀行にして眞に吸収の目的

を達せんとならば先づ他と合併して大銀行を成し支店制度の仕組に依て營業を擴張して世

間の信用を収むるの工夫こそ肝要の手段と云ふ可けれ即ち今日の如く只管日本銀行のみに

依賴して資金の融通を謀り多少の利益を収めて鞘取り流の營業に甘んずるなどの弊風を去

り小銀行をして預金の吸収に依て自家の獨立を謀るに至らしむ道にして銀行本來の性質よ

り見て至當の處置なるのみならず小銀行が經濟社會の前途に處して安全の位置を保たんと

ならば是非とも斯る手段に依て營業の基礎を鞏固にするの必要あり其次第を如何と尋ぬる

に戰後小銀行が諸地方に設立せられて營業上に著しき競爭あるにも拘はらず夫れ夫れ相應

の利益を収めて格別困難の模樣なきは全く世間に新事業の勃興を促して資金の需要を增し

たるが爲めに外ならず日本銀行が貸付け日歩を引上ぐるに從ひ市中の諸銀行も同樣の引上

げを試みて充分の差益を収め得たるは要するに資金需要の增加したる證據にして一昨年來

の如く銀行が思ふ存分、金利を引上げて尚ほ貸出しの增加を見るなどの塲合に意外の繁昌

を極めたるは當然の事として怪しむに足らず今日に至るまで盛に預金利子を引上げんとす

るものあるも全く永く斯る繁昌を見る可しとの考に出づるが如くなれども昨今の如く物價

が既に下落の傾を呈して今後償金回収高の減ずると共にいよいよ其下落を促さんとする以

上は諸事業の進行を妨げて資金の需要を減ずるは必然の勢にして此塲合に市中の諸銀行は

金利を引下げて其需用を恢復し大に資金の融通を謀る抔の餘裕なきを〓〓日本銀行が金利

を引下げて貸出しを緩め〓〓〓〓は手を束ねて成行を傍觀するの外に手段なかる可し即ち

從來物價騰貴の際に於けるが如く一方より低利にて借りたる資金を他に高利に貸すなどの

筆法にて利益を収め難きは勿論、商賣工業を營む者の方より見るときは物價の下落に連れ

て所有の商品は次第に賣價を失ふを以て更らに仕入れの塲合に銀行より預金を引出して資

金の不足を補ふは實際に已むを得ざる所なれば假令ひ銀行が如何に利子を引上げたればと

て預金の吸収は甚だ困難にして大に其取付けに接するの危險あるのみならず一旦高利を約

して受け入れたる預金には貸出しの增加に拘はらず約束の利子を支拂ふの困難あり不景氣

の塲合に小銀行が營業上に不如意を告げて意外の破綻を被むるは全く右の事情に出づるも

のにして殊に昨今の如く銀行所有の公債株式の價格にして恢復せざるときは銀行實財産の

一部を失ひたると同樣の損害を免かれざる可し世間の信用甚だ厚くして如何なる困難に當

りても自から之に處するの成算あれば兎も角も小銀行の如く基礎の薄弱なるものは篤と自

家の利害を考へ効能の覺束なき利子の引上げに依て預金を增さんなど危險の策略を思ひ止

まり大に覺悟して他と合併し世間の信用を增して眞に預金吸収の目的を達す可きのみ我輩

の勸告する所なり