「會社重役の行状」
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時事新報に掲載された「會社重役の行状」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
會社重役の行状
近年株式會社が全國到る所に設立せられて數萬圓の資本を要する事業は大概株式組織を以
て營むの風を成したるは小資本の合同に此上もなき好都合にして我輩は熱心に其發達を希
望する者なれども又一方より其會社營業の實際を見れば取締役或は監査役と稱する輩に無
能未熟の者ありて内部に腐敗を招き株主に意外の損失を被むらしむるもの少なからざるが
如し近頃兵庫倉庫會社に於ては荷主に對して貨物保管の證書を發行しながら其證書の擔保
たる可き貨物は倉庫内に現存せざるが爲めに同地の金融市塲に意外の破綻を招き今日に至
るまで尚ほ落着を見ずと云ふ全く會社の當局者が職務に不熱心にして責任を重んぜざる證
據に外ならず唯驚く可きのみ左なきだに目下經濟社會は不景氣なりと云ふ此時に當りて此
不始末、その波及する所决して少小ならざる可し倉庫會社の事は既に破裂して救ふ可らず
とするも全國無數の諸會社中幸に外面の安全を裝ふも内既に腐敗の惡症を呈したる者も多
かる可し前者の破裂こそ好き警しめなれ殷鑑に鑑みて早く自から謀を爲し就中重役監査役
の選擇に注意せんこと我輩の呉々も勸告する所なり抑も會社の重役は其社に於て株式の多
數を所有し單に財産の一點より云ふも社會の上流に生活する人々なるのみならず其職業は
他人の資産を保管して營業上に利用し半季又は一年の終りに相當の利益を収めて彼等に配
當せんと云ふにあれば自から職責の重き所以を認めて眠食の間にも株主の利益を謀る可き
筈なるに然るに彼等の平生を見れば漫に奢侈贅澤の風を成して外觀の華美を裝ひ下僚の輩
をして自から其風に化せしむるは既に監督の實を誤りたる尚ほ其上に彼等の中には眞面目
に自家の本職を守る者少なく其地位を利用して投機に關係するのみか寧ろ投機を本色と心
得るが如き輩なきに非ず會社の營業は唯、遣り繰り算段にて世間普通以上の配當を爲して
繁昌の體を裝ふの常にして大に積立金を增して會社の基礎を鞏固にするなど前途の利害を
慮る者なければ營業上に多少の困難を招かんには直に配當に差支を生じて通常の配當を爲
す能はざるは勿論無配當の失態を呈するは實際に珍らしからざる事例なりと云ふ株主の内
には自から投機專門の者もあらん或は敏活に株式を賣買する者もあらんなれども株主必ず
しも投機者のみに非ず着實一偏の資産家は會社に信用を置て株式を世襲財産にする者も少
なからず是等の輩は多くは株式の配當に依て一家の生計を營む者なれば會社より受く可き
若干の配當は小供の敎育費に充つるなど綿密に計算して収入を豫期しつゝある際に突然無
配當とありては此上もなき迷惑にして假令ひ小供の敎育を廢さゞるまでも自から他の生計
費を節するなどの不幸を見ることならん會社重役の處置が直接に株主の生活に影響を及ぼ
すこと斯の如くなりとすれば彼等が責任を重んじて職務に盡す可きは當然の事にして今日
の如く放逸無責任に流れて屡々失態を招かんには安心して資産の保管を託する者なきに至
る可し殊に監査役や株主に代りて取締役の行状を監督す可き者にして本來の性質より云へ
ば營業上最も大切の職務なるを以て法律上には何時にても營業の實况を尋問し帳簿その他
の書類若しくは金庫の類までも自由に檢査するの特權を與へて職務の本旨を盡さしめんと
するにも拘はらず實際に監査役に選定せらるゝ者を見るに多くは無能の人物にして永く自
分が取締役より推選を被むりたる恩を忘れず取締役に多少の不都合あるも平生の交際或は
恩義に束縛せられて唯々之に盲從し毫も監査の實を盡さゞるの常なりと云ふ會社事業に
種々の不始末を呈する其原因は要するに重役の輩に不適任の者多き一事にして今日の有樣
ならんには内地雜居の曉に外人の小資本の爲めに由々敷競爭を被るなどの危險あるは勿論、
追々内部の實情にして外國資本家の間に知れ渡らんには此方に於て如何に彼等の投資を熱
望するも到底その効を収め難かる可し昨今會社の株主などの間に外資輸入の説あるは甚だ
喜ぶ可き所なれども彼等にして眞に輸入の目的を達せんとならば先づ平生より重役の行状
を監督して其選擇を愼しみ無能を認めたる輩は颯々と排斥して有力者を擧げ以て會社營業
の面白を一新す可きのみ我輩の希望して已まざる所なり