「外資輸入と財政整理」
このページについて
時事新報に掲載された「外資輸入と財政整理」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
外資輸入と財政整理
近來外資輸入の説は實業家の間に甚だ盛にして各地方の鐵道會社などは種々の方法を以て
輸入を計畫すれどもいよいよ外商と談判の曉には交渉、兎角纏まらずして成効の望あるも
の稀れなりと云ふ西洋諸國は資本の供給甚だ豐にして中央銀行の金利は大概三分内外に過
ぎず日本銀行昨今の金利と比較すれば六分以上の差あり唯この一點より見るも外資は次第
に我國に輸入して金融逼迫の勢を緩和す可き筈なるに實際に輸入の目的を達し難きは何故
なりやと云ふに政府が特に法律を以て外人に土地所有權を禁止し二三會社の株式を所有せ
しめざるなど種々の制限を設けて輸入を妨ぐるこそ重なる原因に外ならざれども又一方よ
り考ふれば外國の資本家が今の經濟社會の眞相を究めずして前途の成行を氣遣ひ斯る國に
資金を放下して果して滿足に元利金の仕拂を受く可きや否や甚だ疑はしなど掛念を懷きて
自から投資を控ふる塲合も少なからざることならん今日我國の經濟事情を外國へ報道する
は重に居留地の外商にして此輩の通信は屡々倫敦エコノミストの紙上に掲載されて全世界
に傳へらるゝの常なり其内には隨分事の眞相を誤まれるもの少なきに非ざれども他に研究
の材料に乏しければ倫敦の金融市塲に信用あるスタチスト新聞を始め有力なる新聞雜誌中、
斯る所説を輕信して日本は償金の盡きたる曉には戰後の諸計畫を完成する能はず半途にし
て中止するに至る可し或は昨今の如き巨額の輸入超過を呈する以上は到底金貨本位を維持
する能はず遠からず正貨の兌換を停止するの不幸を見る可しなど日本人の考にては殆んど
想像の及ばざる浮説を唱ふること珍らしからず社會の耳目を以て任ずる新聞雜誌にして我
國の實際に通ぜざる事、右の如くなりとすれば資本家などが此輩の説に迷うはされて更ら
に迂闊の考を懷くは實際に止むを得ざる次第にして倫敦に於て我公債の賣行、捗々しから
ざるも内國の諸事業に外資の放下を促す能はざるも全く斯る誤解あるが爲めに外ならず日
本人の方より見れば戰爭後政府が遽に多額の償金を繰入れて内地に費消すれば之が爲めに
通貨膨脹、物價騰貴、輸入超過等の諸現象を呈して一時經濟社會に種々の變態を招きこそ
すれ、唯、局部の病氣に過ぎずして政府が從來の遣繰り算段を止めにして增税を斷行し其
収入に依て歳計の維持を謀らんか近年の如く國力の發達著しき塲合〓直に其目的を達して
〓政の基礎を鞏固にするを得るは毫も疑を容れざる所なれども事情に通ぜざる外人は局部
の病氣のみを見て全體の病状を危篤なりと診斷し我經濟社會の前途を云々するものならん
殊に一部の實業家が先頃來政府の同意を求めて目下の困難を救濟せしめんが爲め大袈裟に
困難の事情を世間に吹聽してよりますます外人の信用を失ひ昨今倫敦に於て資金を需要す
る國ありと云へばそは又例の日本なる可しと云ふが如き輕蔑の調子を以て之を迎ふるの常
なりと云ふ斯くては如何に我國に於て外資の輸入を希望すればとて其實を収め難きは當然
の事にして今日の有樣にてはいよいよ外人の信用を失ふに過ぎざれば政府にして眞實輸入
の必要を認めんには先づ增税を斷行す可し增税の収入に依て普通歳出を支辨するを得んに
は從前と異なり償金の繰入れは次第に其高を減じて兌換制度に自然の作用を呈する其間に
は物價の下落は經濟社會に影響を及ぼし輸入の增加を制すると同時に輸出の增加を促して
貿易上に輸出入の平均を呈し財政の基礎を鞏固にする他の一方には經濟上の病根を除くに
至ることならん然らば外人の間に行はるゝ誤解を一掃して次第に我國の信用を增進し政府
が公債を賣出し或は民間の事業家が資金を借入るゝに當り此上もなき便利を加へて輸入の
効を収むること决して難きに非ざる可し我輩が增税の急を唱ふる所以にして若しも實業家
の輩にして外資輸入に依て經濟社會の困難を免かれんとならば着實に事の利害成否を考へ
實行の見込なき策略を唱へんよりは寧ろ政府を助けて增税を斷行せしむ可し外資輸入に適
切の手段として我輩の勸告する所なり