「遞信事業の収入」
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本文
遞信事業の収入
從來遞信事業に種々の缺點あるは世間の認むる所にして當局者に於ても他の攻撃苦情に堪
へ難ければ夫れぞれ改良法を工夫して其發達を謀る由なれども財政困難の折抦、經費支出
の道を得ずして空しく立消となるもの少なからずと云ふ誠に遺憾千萬の次第にして今の必
要は先づ遞信事業に充分の資金を與へ當局者を監督して事を成さしむるの一點に外ならざ
れども此點に就ては深く考ふるまでもなく遞信事業の會計を獨立して其収入は一般會計に
繰入れず一切事業の改良擴張に費さしむることゝすれば格別の困難を見ずして直に目的を
達するを得べし最近の調査に據りて遞信事業の景况を見るに郵便の純益百五十三萬圓電話
電信の純益八十萬圓鐵道の純益三百九十八萬圓、合計六百三十萬餘圓に上る計算なり普通
の民業に比して収益の下らざるは明白の事實にして假りに是等の諸事業を民間に移し株式
組織にて營業せしめんには啻に株主に充分の配當を與へて株式の聲價を維持するを得るの
みならず収益の一部を割て事業の改良發達を謀りいよいよ其增加を見るの餘裕ある可し遞
信事業に斯る餘裕あるにも拘はらず毫も改良の實を収むる能はざるは全く一切の純益を一
般會計に繰入れて普通の經費に供するが爲めにして斯の如くなれば事業の發達を求むるの
時なきに至る可し即ち會計を獨立するの必要ある所以にして總収入の内より萬般の經費並
に事業鐵道公債の利子を除きたる殘額は盡く事業改良の資金に供して尚ほ其上に殘餘あれ
ば賃錢を引下げて公衆の便利を擧ぐ可きのみ瑞西の如き近頃より鐵道事業に此方法を實施
する由にして我輩は熱心に其實行を當局者に勸告するものなれども後來政府の方針を見る
に普魯西其他獨逸聯邦州の制度を最も完全のものと認め鐵道を始め遞信事業の収入を增し
て一般の歳計を補ひ以て增税の困難を免かれんとするの形跡なきに非ず現に前内閣の如き
三十二年度の歳入不足を補はんが爲めに電信鐵道の収入三百六十七萬圓を增して一般歳計
に繰り入るゝの計畫を立てたれども歳入增加の方略として宜しきを得たるものに非ざるは
云ふまでもなき次第にして其結果は運輸交通の機關に課税して公衆の不便を買ふに過ぎず
現内閣は如何にして歳入の增加を謀らんとするや豫算査定の方針未だ明ならざるを以て容
易に知り難けれども我國の如く酒税その他の財源に充分の餘裕ある塲合には先づ其增収に
依て歳計を維持し鐵道電信の収入を增すなどの拙策は斷じて思ひ止まり速に會計の獨立を
謀る可きものなり