「速に内を始末して外に向ふ可し」
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本文
速に内を始末して外に向ふ可し
政變匆々の際、政府は内の始末に忙はしく世人も亦外交を語ること稀なりと雖も前政府が
置土産として現任者に遺したる問題は内政よりも寧ろ外交に於て多しと云ふ次第は近々朝
鮮の有樣を見る可し自然の成行に放任すれば恰も智慮なき小兒を野に棄てたると同樣にし
て自から斃れざれば猛獣の餌食と爲るは明白なれば親類の縁ある日本は否やでも引受けて
世話せざる可らずいよいよ世話するに付ては第一に鐵道を敷き道路を開きて交通を便にす
ると共に内地を開放し土地所有權を許さしめて盛に日本人を入るゝなど施設す可きこと少
なからざるのみか一歩を進めて支那の方面を見れば一層深く心を勞す可きものあり各國の
土地侵略は目下の所先づ一段落を告げたるが如くなれども其實權實利の侵略は寸時も止む
ことなし一方が鐵道敷設權を取れば他の一方は鑛山開掘權を収め甲が財政權を握らんとす
れば乙は兵馬の權を偸まんとするなど四方八面より蠶食甚だ盛なる此時に當り日本は獨り
袖手傍觀するを得るか支那の存亡は日本の安危に關すること大なりとすれば之を助けて是
非とも其獨立を全うせしめざる可らず獨立を全うせしむるには兵馬の訓練、財政の整理、
人材の養成等着手す可きもの多し指導者たる日本の責任重しと云ふ可し或は又不幸にして
其獨立は到底望みなしとならば別に處する所なかる可らず存亡與に支那の方面の外交は頗
る多事なる其上に南方を眺むれば更らに切迫の問題あり即ちフヰリッピンの處分にして米
國に於ていよいよ抛棄とあらんには各國の保護國とするなり反徒の自治に任するなり若し
くは列國の間に分つなり何れにしても日本は關係者の一人にして今日直に其方針を定めて
着々歩を進めざる可らず北に於ても南に於ても日本の經營を促すもの多し而かも其事は何
れも重大にして國家百年の利害に關せざるはなし此時に當り只内事に汲々として外を顧み
るの遑なきが如き政府の本分を盡したるものと云ふ可らず内政の始末或は難きこともあら
んと雖も民黨政府が其特色として是非とも實行す可き所のものは何れも利害の明白なるも
のにして〓く研究するを要せず例へば行政整理の第一着は官吏の任免にして役所の弊風を
改むるが爲めに人物交代の必要は云ふまでもなき所なれば颯々と新陳代謝せしむ可きのみ
別に〓〓も分別も入たものに非ず次は冗員淘汰にして役人の多きに過ぐるは何人も認むる
所なれば〓〓〓に過ぐるだけの者を非免するに於て何の困難もある可らず次は無用なる官
衙の廢止にして中には利害の明白ならざるものもあらんと雖も警視廳廢止の如き民黨の豫
て主張したる所にして最早や議論は無用なり即刻斷行す可きのみ又財政の始末とても細目
に至れば自から思案す可きことも多からんと雖も要は大に酒税を增し歳入の不足を補充す
るまでの事にして何の面倒もある可らず目下内政上に於て政府の始末す可き問題は何れも
簡單明白にして大抵立談の間に决すべきものゝみなるに然るに實際に於ては混雜紛擾、一
吏員の進退、一官衙の存廢も容易に决すること能はず行政整理委員會の如き恰も松方内閣
時代の委員會と同樣の觀あるは優柔不斷と云ふの外なし特に笑ふ可きは外務大臣問題なり
憲政黨中人多しと雖も苟も外交の智識經驗ある者は先づ大隈一人にして差當り他に代る可
き者なきは明々白々なるに如何なる譯けにや過日來其椅子を動さんとして或は伊東を擔ぎ
出し若しくは星を推薦し果ては江原片岡尾崎大石の輩を候補に擬するなど摺た揉だの大騒
ぎして話は再び元に立返り矢張り大隈に非ざれば治りが付かぬとは誠に小兒の戯にして殆
んど評するの辭なし今は實に四邊多事の秋なり徒に兒戯を演じて事を弄ぶ可き塲合に非ず
一刻も速に内の不始末を始末して外に向ふ可し國民も今日までは辛抱して敢て苦情を云は
ざれども今後も尚ほ斯る有樣ならんには忽ちに非難の聲を發す可きは疑を容れず内に於て
は國民の不平あり外に對しては寸歩も進むを得ず政府は何に依て立つことを得んや今日の
要は只果斷决行に在るのみ改革す可きは颯々と改革して全力を外に注がんこと國の爲めに
も政府自身の爲めにも我輩の切に忠告する所なり