「改革の進まざる所以」
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時事新報に掲載された「改革の進まざる所以」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
改革の進まざる所以
民黨は多年藩閥の爲めに苦められたるものなれば其一朝政府を乘取るや反動として根本よ
り大改革を企て此組織は藩閥の臭味を帶ぶるが故に覆へす可し彼の人物は薩長に縁故ある
が故に放逐す可しとて或は破壞の極端に走ることもあらんかとて聊か心配したるほどなる
に其心配は今や無用なるのみか却て優柔不斷の譏を招くに至りしこそ奇怪なれ盖し憲政黨
内二派の不折合は慥に其一原因にして今日までは未だ甚だしき軋轢を見ずと雖も陰然互に
相陵がんとするは實際の事實なるが如し一方が一人の役人を出せば他の亦一脚の椅子を得
んとして爭ふのみか時としては擠排の跡さへなきに非ず彼の司法次官問題の如き固より當
人の擧動に穩かならぬ廉ありしが爲めに發したるものなれども進歩派に於ては毫も疑ふ可
き痕跡なしとして之を保護する其反對に自由派に於ては司法權濫用とか憲法蹂躙とか大袈
裟に吹聽して懲戒免職に處せざれば滿足せざらんとするの色あるは畢竟するに黨派根性に
出るものと云はざるを得ず又その機關新聞を見れば同じく憲政黨に屬しながら意見の衝突
は毎度の事にして殆んど味方同士とは思はれざることあり例へば一方は警視廳廢す可しと
主張すれば他の一方は極力その不可を論ずるのみか文部大臣が何かの譬に共和政治云々の
語を發したりとて自由派の新聞紙が大造らしく論評して兎も角も聞捨にす可らざることな
れば篤と調査す可しなど主張するは奇と云ふ可し事情斯の如くにして動もすれば衝突せん
とするが故に又往々にして互に差控へ云ふ可きを云はず行ふ可きを行はずして徒に事を曖
昧の間に葬ることなきに非ず例へば鐵道官有論の如き自由派の主張する所にして進歩派に
於ては之を悦ばず世間に對しては双方共に其所見を明言して憚らざれども扨て内に於ては
如何と云ふに互に睨合の姿にして曾て孰れよりも發議したることなしと云ふ又彼の警視廳
問題の如きも新聞紙上に於ては議論喧しきにも拘はらず未だ行政整理委員會の議に上らざ
るは上れば必ず紛議の生ぜんことを恐るればなり兩派の關係斯の如し改革の果敢々々しく
行はれざるは怪しむに足らざれども別に一の原因ありと云ふは外ならず新進者の因循是な
り進歩派と云はず自由派と云はず在野の時に彼我に壯快なる説を主張したるに似ず一旦〓
〓の人と爲るや〓に老成を氣取り偶々〓〓〓者ありて官吏の數を半減す可しとか文官任用
法を廢す可しとか若しくは知事郡長を〓〓にす可しなど發議するも其れは書生論〓りとか
又は過激なりとか何とか難癖を付けて兎角に同意せず或は篤と調査の上にて决す可しとて
屬僚に其調査を命ず屬僚は即ち藩閥の養成したる所にして多年今の仕組の下に働きたるも
のなれば成る可く變更なからんことを望むは勿論、改革の結果として人員を減じ費用を節
すれば仲間の評判を損するのみか或は自身の不利を爲るやも知る可らざれば勉めて現状維
持の方針を以て調査し此費用を節すれば斯く斯くの不都合あり彼の手續を略すれば云々の
不便ありとて種々の不便不都合を列べ立つるに相違なし新進の當局者は即ち之を材料とし
て意見を立つるが故に改革はいよいよ困難と爲り遂に何事をも爲し得ざるものにして政界
通の談に據れば今日の憂は自由進歩兩派の不折合よりも寧ろ新人物の因循なるに在りと云
ふ意外千萬と云ふ可し元來改革なるものは或る意味に於ては破壞なり善にもせよ惡にもせ
よ兎に角に既成現在の仕組を變ずるに於ては一時の混雜、多少の不便は固より免る可らず
細に内情を穿鑿して小利害に拘泥すれば到底斷ずるの期ある可らず即ち改革には新手の人
物を要する所以にして民黨政府が果して其天職を盡さんとならば只事の大綱を察す可きの
み例へば冗員淘汰の如き一々實際に調査し何の課に於て何人を減じ得べきや何の掛に何程
の仕事あるやなど穿議すれば或は此所には云々の事務ありて多忙なりとか彼所には人員不
足せりとか種々の議論を生じて結局淘汰す可きものなきに至る可きは明白なれば寧ろ大體
より打算して何省に於ては凡そ幾人を減ずるとして頭下しに何局の定員は何人何課は何人
と定めたれば是非とも是れだけにて間に合はす可しと命ず可きのみ斯の如くにして冗員淘
汰始めて行はる可し要するに改革は民黨政府の本色なれば進歩自由兩派不折合の爲めに行
はれずとならば寧ろ手を分つ可し若し又罪、當局者の因循に在らば在野のときの言論を廻
顧し世間の思惑を察して自から勇を揮はんこと我輩の敢て勸告する所なり