「鐵道官有は空論なり」
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時事新報に掲載された「鐵道官有は空論なり」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
鐵道官有は空論なり
鐵道官有論は昨今一派の實業家並に軍人の間に盛なるのみならず當局者に於ても買上げの
方法並に財源の出所等に就て頻りに調査中の由なれども今の財政の實際より見て果して實
行の望ありや否や目下日本山陽九州甲武の四幹線鐵道が運用する資本金は八千萬餘圓に上
る計算なれば若しも當業者に損失を加へずして買収の目的を達せんとする以上は少なくと
も一億數千萬圓の資金を要せざるを得ず或は政府の信用を以て外債を募集すれば一擧にし
て効を奏す可しとの説あれども鐵道買収の爲めに外債を募集するは决して策の得たるもの
と云ふ可らず其次第如何と云ふに從來の財政計畫に據れば軍備の擴張を始め其他の繼續事
業に要する經費の内にて今後公債を以て支辨す可きものは一億一千四百萬圓に達する筈に
して當初豫定の年限内に計畫を完成せんとならば今後數年間に盡く募集の必要あるのみな
らず昨年來屡ば償金を以て繰替へたる公債の應募高並に本年四月以來日本銀行の手を經て
買入れたる公債の如きも次第に市塲に賣出して償金繰替の爲めに生じたる不足を補はざる
可らず今後内國の經濟社會が今日の變態を恢復して金融逼迫の勢を緩和し得たりとするも
斯る巨額の資金を募集するは非常の難事にして其過半は外國の供給を受くるの外に適當の
道なかる可し然らば今日鐵道官有の如き無謀の計畫の爲めに多額の外債を募集するが如き
は取りも直さず我國の信用を外國市塲に薄くして他日必要の生じたる塲合に募集の効を妨
げ當初の財政計畫に破綻を免かれざるのみか一時に多額の外資を輸入して鐵道を買収する
ときは昨今漸く恢復の傾を呈したる經濟社會に再び種々の變態を招きて財政整理の上に非
常の妨害を加へざるを得ず或は斯る反對を避けんが爲め官有論者の内には新に五分利付の
公債を發行し時價を以て鐵道の株式と引換えふれば外資に依頼せずして買収の目的を達す
可しとの説を唱ふるものあり甚だ簡單なる買収法にして容易に實行の望あるが如くなれど
も一方より考ふるに今日の如く金融の逼迫したる際に政府が一億圓以上の公債を發行する
ときは直に其價格を下落せしむるは必然の數にして銀行會社の如き多額の公債を所有する
ものは財産の價格を減殺せらるゝを以て半季决算の塲合には純益の一部を以て右の減損高
を〓〓することゝなりて自から配當を減ずるなど〓〓の影響を不自由ならしむ可し今の公
債買入法の如き〓〓の小策には〓〓なけれども一度び九十圓以下に下落したる公債の價格
を九十六圓に騰貴せしめたるが爲めに本年上半〓の决算に當て銀行會社に便宜を與へたる
は世間の明に認むる所にして政府が今日に至るまで種々の遣繰り算段を運らして其繼續を
謀る所以なるに此際鐵道官有の爲めに大に公債の價格を下落せしめんか啻に從來の苦心を
無にするのみならず一時の急に驅られて費途の切迫したる償金をも流用して大に公債を買
入れ價格の維持を謀るなどの不始末を見るやも知る可らず甚だ掛念に堪へざる所なり財政
の實際より見て官有論に實行の望なきこと右の如くなりとすれば假令ひ論者が如何なる理
由を以て官有の必要を唱ふるも一片の空論と云ふの外なかる可し財政の當局者が之に就て
如何なる意見あるやは我輩の知らざる所なれども眞に財政整理の目的を達せんとならば斯
る空論を排斥す可きは當然の事にして若しも其實行に賛成することもあらんには口に整理
の急を唱へながら實際に之を妨ぐ〓〓〓〓〓可し我輩の斷じて許さゞる所なり