「帝國大學の獨立」
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時事新報に掲載された「帝國大學の獨立」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
帝國大學の獨立
學問は俗權の外に獨立し學者は人爵の外に逍遙せざる可らず若しも學者にして俗吏と同じ
く爵位官等の高下を以て榮辱を分ち敎育の主義が政府の都合に依て左右せらるゝ樣にては
到底學者の發達を期す可らず然るに從來の政府は學問を以て自家藥籠中のものとなし以て
政權維持の用に供せんとして一方に於ては頻りに官立學校を保護して同臭味の學者を作る
と共に他の一方に於ては陰に陽に私立學校を排斥したり例へば徴兵の猶豫並に官吏敎員等
任用の特典は獨り官立の專にしたる所にして私立は如何に高尚なる學校と雖も之に與るを
得ず恰も繼子の如くに取扱はれたるは人の知る所なり其結果として興る可き私立學校は興
るを得ず榮えたる官立學校は純然たる官吏養成所と爲りて所謂曲學阿世の徒を出したるこ
そ遺憾なれ近年日本の人民も著しく進歩して商賣なり工業なり政府の保護干渉を要せず自
から經營して非常の發達を示したり獨り敎育の一事に於て然らざるの理由なし私立學校は
夙に繁昌す可き筈なるに實際に於て然らざるは只政府が其進路を遮りたるが故のみ又その
官立學校を御するや毫も學問の面目如何を顧みずに一に自家の都合に殉ぜしめたる其證據
は例へば世に民權自由の説、盛にして其始末に困却するや洋學の罪なりとして俄に需敎を
再興し古學者を呼び起したるは人の知る所にして其後藩閥不老不死の藥をライン河畔に求
めて政治上に獨逸主義を輸入すると共に學風をも一變して英米流を排斥したり學問は恰も
俗權の奴隷にして學者が俗吏根性を抱くも怪むに足らず左れば學問の獨立を計るは今日の
急務にして我輩は先づ帝國大學をして一の自治體たらしめんと欲するものなり其方法は一
時に多額の基本金を授くるは財政の許さゞる所なれば五十萬圓なり六十萬圓なり兎も角も
之を維持するに足るだけの金額を恰も帝室費の如く動す可らざる歳出として年々國庫より
賦與すると共に學者を以て組織したる大學評議會とも稱す可きものを設けて大學總長の如
きは其評議會にて選擧し以下の職員は總長の專斷若しくは評議會の協賛を經て總長これを
任免し敎育の方針等も亦斯の如くにして决定する其上に高等官何等とか正從何位とか云ふ
官臭を脱却し入ては大學の敎授と爲り出ては政府の屬吏たるが如き俗臭を絶ち若しも何か
等級を要することあらば別に何等敎諭などの差別を立て特に名譽の泉源たる帝室に近くの
榮を得せしむるなど勉めて俗權の支配を離れしめなば帝國大學は即ち獨立の〓〓所と爲り
學者の氣風も自から一新して其成績必ず觀る可きものあるべし民黨政府の一事業として我
輩の實行を促す所なり聞くが如くんば當局者に於ても窃に此邊に意あり内々計畫もなきに
非ざれども肝腎の大學にては却て之を喜ぶばざるの色ありと云ふ久しく籠に飼はれたる鳥
は自由の天地に逍遥するを好まず之を放つも歸り來るもの多し大學の獨立を好まざるは此
類か解するものは云く大學の經費を既定の歳出とすれば必要の塲合にも之を增すこと難か
る可しとは大學當局者の心配する所にして是れ其獨立を喜ばざる一原因なれども又一つに
は高等官何等とか正從何位とか若しくは勳何等など云へる俗榮に戀々たる事情もなきに非
ずと云ふ果して然らば大學の俗化深きを證するものにしていよいよ獨立の必要を見る可し
我輩は返す返すも當局者の英斷を希望するものなり