「外交は如何」
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時事新報に掲載された「外交は如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
外交は如何
行政改革の調査は一段落を告げて不日發表の運びに至るよし如何なる結果を見る可きや世
人の刮目して待つ所ならんなれども其結果は孰れにしても單に國内に向て當局者の腕前如
何を示すに過ぎず我輩の敢て重きを置かざる所なれども爰に大に問はざる可らざるは外交
の一事なり此一段に至れば我輩は眼中藩閥もなく政黨もなく只日本國の外交を見るのみに
して若しも政府の處置に宜しきを得ざる所あらんには寸毫も假さずして飽くまでも其責任
を問はんと欲するものなり思ふに我外交の局面は近來ますます多事にして支那朝鮮の外に
更らにフヰリッピンの始末あり露國の平和協商説の如き其眞意は何れの邊に存するか又英
獨同盟の風説の如き果して眞實ならんには世界の形勢一變の端を開くものなり一片の電文
に就て想像を逞うし皮相の説を爲すが如き我輩の敢てせざる所なれども形勢の急變は即ち
外交の多事を示すものにして我國の如き此際に立て自から計る可きもの甚だ多からざるを
得ず外交當局者の大に力を用ふるの時機なる可し政府が目下の外交に處するの方針果して
如何、或は今や新政府の組織匆々内事正に多端、先づ内を始末して外に向ふ可しなどの説
あるは畢竟當局者が昨今内事にのみ汲々たるを見て斯くては外交の掛引など虚々實々微妙
の魂膽に心を用ふるの暇はある可らず早く内を片付て外に取掛る可しとの意味ならなれど
も抑も外交は國家の大事、然かも時々刻々變動止まざるものにして其機務は片時も曠廢す
可きに非ず政府如何に内事に忙はしきも當局の責任は必ず空うせざることならん我輩の信
じて疑はざる所にして思ふに當局者には自から見る所あり又實際に抜目なく運動しつゝあ
ることならん其一段に至りては所謂交外の機密にして局外者の知るを要すせざる所なれど
も然れども目下の有樣を見れば政府は實際内に忙はしくして外に向ふの暇なきの觀なきに
非ず當局者如何に大言壮語して外交の事、容易のみ細工は粒々仕上げを見る可しなど獨り
目から誇るも實際に其伎倆を示すに非ざれば一般人の信用は得べからず否な假令ひ粒々の
仕上げを期するも其細工の道具さへも備はらずとありては何分にも不安心の念なきを得ず
一時喧しかりし外務大臣專兼任の問題も議論の末、兼任と决して再發の模樣なしと云ふ甚
だ好し當局者の近状を聞けば昨今甚だ多忙の樣子にて外國人などゝの會見は頗る稀れなる
が如しと云ふ畢竟行政改革など物事に忙はしき〓〓めならんなれども當局者の方〓は身邊
多〓の爲めに亂さる可きに非ず外交の方略〓〓〓〓〓〓に行はれ〓ゝあることならん其兼
任は敢て差支なしとするも更らに在外公使の動靜は如何と云ふに目下我國の外交に關係の
最も大なるは先づ英露米及び支那の四箇國に指を屈せざるを得ず然るに英露駐在の公使は
經驗と云ひ伎倆と云ひ共に其人を得て先づ安心なれども米國は星公使が過般歸朝して辭職
の决心確なるよしなるに未だ後任者の任命を見ず又支那矢野公使の歸朝も一時の賜暇とは
云ひながら是れ亦急に歸任の樣子もなきが如しと云ふ米國には目下正にフヰリッピンの始
末に關する大問題あり支那に至りては關係の重大なる今更ら云ふまでもなし共に大に外交
の手腕を要す可き塲所なるに其事に當る可き公使は孰れも歸朝して任所に在らずと云ふ實
際に差支なきや否や當局者に自から成算ありと云ふも苟も三面六臂の人間に非ざる限りは
一身以て四方八面に應接するが如き决して望む可らず在外公使は即ち外交上に缺く可らざ
るの機關にこそあれば米清駐在の公使の如き速に歸任を命ずるか然らざれば直に後任者を
派遣す可し其人選に就ては一切政黨の情實を容れず外交上の伎倆と經驗とを標準として廣
く人物を求む可きのみ局外より見れば外交の當局者は内事に忙はしくして外事を見ること
稀れなる其上に最も必要なる在外の公使さへも其任地に在らず而して乃公獨り大得意と爲
りて成算我に在りと稱するも誰れか之を信ずるものあらんや國内の人民これを信ぜざるは
尚ほ可なれども若しも此儘にして外國人の不信用を招くにも至らば國の外交上に容易なら
ざる關係を見る可し當局者の伎倆如何は其人の腕前限りにして如何ともす可らずと雖も既
に其地位に當りたる上は自から責任の實を盡して内外に對して信用を失はざるの心掛なか
る可らず我輩の敢て希望する所なり