「免税の實を行う可し」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「免税の實を行う可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

免税の實を行う可し

政府は新規の增税を一切止めにして大に酒税に取ると同時一方に於ては須らく細々の苛税

を免除す可きものなり収税も亦自から政略の事にして世間の人氣に投じ反對の苦情を惹起

さずして穩に目的を達せんとならば單に增税を云々せずして大に免税を唱ふ可きのみ即ち

酒税に增すは苛細の税目を免除するが爲めなりとして扨目下の地方税の中には免除す可き

もの一にして足らず果して如何なる税目を廢す可きやと云ふに我輩の所見を以てすれば凡

そ人民の勞力に課するの税目は如何なる種類に論なく一切免除せんと欲するものなり例へ

ば人力車税、舟車税を始めとして大工左官漁夫獵師より役者藝娼妓の税の如き孰れも勞力

に課するものに外ならず又彼の行商もしくは田舎の掛茶屋に飴菓子類を賣るものゝ如き是

又れ無資力の小民が勞力に衣食するものなり假令ひ一地方の施設に關するものとは云へ其

費用を最下等の勞力者にまで負擔せしむるが如き國政の不體裁にこそあれば凡そ此種の税

目は名稱の如何に拘はらず一切免除す可きものなり斯くて免税を斷行するときは其結果と

して地方の収入は自から減ぜざるを得ざれども其減額は須らく一方に增税して中央政府よ

り補助す可きのみ又彼の監獄費國庫支辨の如き固より實行す可きものなれども經費不足の

一事に妨げられて遂に實行を見るの運びに至らざる次第なりしに昨今或は經費以外に反對

の説を爲すものなきに非ず其理由を聞くに今の地方の監獄は府縣會の監督の下に在るが爲

めに其注意も自から行屆ども若しも國庫の支辨に移すときは中央政府の監督は府縣會の如

く密なるを得ずして不始末を見るに至るの掛念ありと云ふに外ならず盖し表面に反對の理

由なきに窮して殊更らに斯る辭柄を設けたるものならんなれども此説の如きは恰も中央政

府の無能力を表白するものと云はざるを得ず事實果して然らんには監獄監督の實さへも擧

ぐること能はざる政府には地方政の監督をも託す可らず否な一國の政務を任ずるが如き最

も危險にして片時も安心を得ざる次第なれども我輩の所見を以てすれば今の政府薄弱なり

と云ふと雖も監獄の監督を託して不安心なるほど無能力のものと認むるを得ず畢竟論者の

如きは心の底に增税の大决斷なきよりして口を監督云々に藉り國庫の支辨を避けんとして

自から政府の無能力を表白するに心付かざるものならん其無識たゞ一笑す可きのみ思ふに

今の地方の苛税を負擔するものは孰れも最下等の細民にして其數甚だ多く隨て其苦情の聲

も自から高からざるを得ず左れば今その苛税を除くときは實際の収入には格別の影響を見

ずして一般の歡迎を得るや疑ふ可からず斯くて一方に於ては酒税增加の爲めに多少の苦情

は免かれずとするも其苦情は單に一部の少數に止まるが故に一般多數の歡聲に壓せられて

之を耳にするものはなかる可し即ち政府は恰も免税の名を成しながら增税の實を収む収税

略の最も妙なりものと云ふ可し且つ又增税の决行に就ては實際に議會の形勢を視ること第

一にして扨今の議員輩の向背を如何と云ふに目下の政界は恰も憲政黨の世の中にして天下

の政黨員悉く憲政黨と云ふも不可なきが如し故に憲政黨内閣の發案とあれば議會の賛成は

必ず疑ふ可らずと云ひながら實際は容易に然らずして却て疑なきを得ず抑も議員輩の最も

掛念する所の者は選擧區民の人氣にして若も其利害に關する事抦ならんには黨議に於ては

如何に决するも其决議を守る能はざるの事情なきに非ず即ち或る問題は黨議に拘泥せずし

て自由問題と爲す可しなどの事例は珍しかざる所にして今の黨員輩は地方の利害に由て進

退するものと云ふも可なり左れば增税の如き實際に必要を認めながらも地方の人氣に妙な

らずと云へば心ならずも反對せざるを得ず彼等の常に苦しむ所なるに今度の增税は單に增

税に非ず同時に免税を行ふて大に地方の負擔を輕減するものなりとあれば地方の選擧區民

は喜んで同意を表すること〓然なるが故に議員の輩も後を顧みるの掛念なく安心して發案

に賛成するを得べし即ち免税政略は四方八方共に圓く纒るものにして議會の通過、疑ある

可らず當局者たるものはよくよく此邊の事情を解して增免一擧以て實際の目的を達するの

略なかる可らず我輩の勸告する所なり