「財政當局者の迷信」
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本文
財政當局者の迷信
間接税を課するに當て最も注意を要するは課税の爲めに物價の騰貴を促して結局世間の需
要を減少するの恐なきや否やの一點に外ならず若しも斯る掛念あらんには斷然課税を思ひ
止まるのみなれども其反對に課税品が世間一般の嗜好に適し社會の繁昌に連れていよいよ
消費の量を增すが如きものならんには大に税率を增して収入の增加を謀り人民の感情に觸
れずして巧に功を収むるこそ税略の宜しきを得たるものと云ふ可けれ即ち西洋諸國に於て
酒煙草砂糖其他の消費品に高率の税を課し其収入に依て經常費の過半を支辨する所以にし
て大に租税の収入を增さんとならば自國に於て最も廣く消費せらるゝ物産に課税するの外
に適當の手段なき次第は甚だ明白なるに從來財政當局者の間に行はるゝ增税方針を見れば
納税者に種々の反對苦情あるにも拘はらず兎角直接税を增課して財源を求めんとするの傾
あり現に明年度の歳入不足を補ふに當て酒税の外に所得税市街宅地税等を增す可しとの説
甚だ盛にして豫算査定の成行如何に依て其實行を見る可しと云ふ斯る苛細の直接税を課す
るときは假令ひ人民に納税の餘力あるも自から其感情を害して政府の不人望を招くに至る
は必然の數なるに此邊の困難をも顧みずして實際右の方針に出づるは何故なりやと云ふに
當局者の考を以てすれば間接税の爲めに課税品の價騰貴するときは貧者は富者に比して餘
分の負擔を被むり其間に不公平を免かれざるを以て大に直接税を重くして富者に負擔を加
ふるの必要ありと信ずるものゝの如し近年西洋の學者間に行はるゝ説にして世間に多少の
信用あるが如くなれども我國税法の實際より云へば全く無用の考にして當局者が斯る所説
に拘泥して酒税意外に苛細の直接税を增すこともあらんには公平の名を成さんとして却て
税法を煩苛ならしむるの譏を免かる可らず先づ我國に於て百萬圓以上の収入ある租税を直
接税と間接税との二種に區別すれば
直接税 圓
地 租 三八、五六六、九〇二
營業税 五、七六九、四七五
所得税 一、九九九、三三七
合 計 四六、三三五、七一四
間接税
酒 税 三二、三四一、九七九
〓 税
一、五七九、三〇五
造石税
〓〓税 七、四一五、五七七
〓〓〓
七、二九九、六〇八
〓 〓
〓 〓 四八、七三六、四六九
の〓〓にして〓〓の增〓の爲めに漸く間接税収入が直接税に對して多少の超過を呈するに
至りたる次第なれども外國に於ける税法の實際は全く之と反對にして先づ英國に就て云へ
ば所得税家屋税地租等の収入は千九百三十二萬磅に過ぎざるに酒税並に海關税の収入は四
千八百四十二萬磅に上りて直接税の二倍半に當り佛蘭西に於ては海關税酒税砂糖税煙草税
其他の專賣より生ずる収入は十七億千萬法にして直接税の収入に對して三倍以上に當ると
云ふ西洋諸國に於て直接税を增して負擔の不公平を補はんなどの説を生じたるは要するに
從來間接税の率を增し盡くして其収入が直接税の二倍にも三倍にも達して從來の方針にて
は充分增収の餘裕を求め難きが爲めに外ならず我國の如きは全く之と事情を異にし一方に
民力の發達著しきにも拘はらず間接税は甚だ輕くして其収入は略ぼ直接税と同額に止まる
次第なれば此際政府が大に間接税を增して消費品の價に多少の騰貴を促すも富者と貧者と
の負擔に格別の不公平を招くなどの掛念なきは我輩が萬々保證する所なり斯る塲合に妄に
西洋の學説を信じて直接税を增すは決して課税の公平を得るの道に非ざるのみか却て世間
の不人望を招きて税法の苛細なる割合に充分の収入を見る能はざるは明白にして税略の宜
しきを得たるものと云ふ可らず我輩が一言して當局者の迷信を破らんとする所以なり