「交通機關の改修」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「交通機關の改修」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

交通機關の改修

日本の交通機關は天候少しく惡しければ直に不通と爲るの例にして現に過日の風雨の如き

左までのことに非ざりしかども東海道を始め東北の各鐵道みな不通と爲り電信も破損の箇

所多くして交通界は一時暗黒の裡に葬られたり斯の如きは單に年々の出來事なるのみなら

ず一年に二三回も起る例にして爲めに人民の蒙る可き不便損害は少々に非ず貨物は空しく

途中に停滞し旅客は餘義なく逗留する其旅客の中には或は親の急病に赴く者もある可く若

しくは一刻千金の商談に出掛くる者もある可し又貨物の中には數實の停滯に腐敗するもの

もある可く或は商機を失するものもある可し手近く新聞雜誌遞送の一事に徴するも一朝汽

車不通と爲れば臨時に人を派して或は人夫を雇ひ若しくは舟を仕立て變則の交通を開き山

を超え河を渡りて運送せざる可らざる其困難は非常にして斯くても尚ほ常の如く配布する

を得ず讀者の不便は尋常一樣に非ず交通機關破損の影響大なるを見る可し更らに極端の塲

合を想像して假に外國と兵を交へたりとせば如何、敵は何所に出沒して何事を計畫しつゝ

あるや電信不通なれば知るを得ず或は敵は北邊を犯し若しくは南境に侵入したりとの報に

接するも汽車不通なれば北邊の兵を南境に〓送し又は南境の兵を北邊に集むるを得ず兵機

を失するは勿論にして梅雨の候若しくは夏秋の際の如き雨多き季節には到底戰を開くこと

能はず萬一折惡しく斯る季節に事端を開くこともあらば我國にては鐵道も電信も不通なれ

ば暫く見合はせられたしと敵に向て哀訴せざるを得ずさりとは誠に情けなき次第にして又

寒心の至にこそあれば何は兎もあれ先づ交通機關を改良せざる可らず擴張固より大切なり

郵便電信局も增設せざる可らず鐵道も延長せざる可らざるは勿論なれども國の大動脈とも

云ふ可き東海道若しくは日本鐵道が湊はどの雨に不通と爲り又その電信が鼻呼吸はどの風

にバタバタ倒るゝ樣にては一日も安心するを得ず若しも擴張改良同時に何〓こと問はずん

ば取敢へず既設の分を〓〓して假令〓十年に一度百年に一回の暴風雨には堪へざるまでも

初めて昨〓〓例の風雨や〓〓は〓ぐの用意なかる可らず而して是式の用意は實際甚だ〓〓

〓る可しと云ふ次第は年々破損の塲所は大抵限りありて全體を改造するの〓なければなり

例へば山を切開きたる所の〓〓〓〓の費用〓〓せんとして道巾は〓く〓〓〓〓〓〓が故に

〓〓〓〓〓れば土砂〓〓〓〓〓〓なる〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓ぐる〓〓〓得た〓〓とな〓〓

〓〓〓〓〓口にして〓〓〓〓〓ぐが故に動もすれば崩壊すれども上より土砂を掻下すなり

又は下より石若しくは煉瓦にて積上ぐるなり聊か手入して大抵の風雨に堪へしむるは難事

に非ず次は道敷の低き所にして爲めに往々線路を押流さるゝことあれども斯の如きは少し

く土をさへ盛れば直に無事なるを得べし次は即ち橋梁にして最初設計のとき洪水の塲合を

想像せざりしにや直に河岸より河岸へ架設して其間に餘裕を存せざるが故に強雨のときは

河水溢れて意外の變を生ずるなり此憂を除くには今少しく橋梁を延長せざるを得ず工事

稍々難儀ならんかなれども總ての橋みな然るに非ざれば是れとても左までの費用を要せざ

る可し改修の要點、大略斯の如しとすれば事甚だ容易なり何ぞ速に着手して年々繰返さ

るゝ大不便大損害を防がざる人民の不便損害は姑く別として單に國家の經濟上より云ふも

隨て繕へば隨て破るゝが如き姑息普請は所謂一文惜みの百知らずにして得策に非ず寧ろ一

度に奮發して永久の計を爲すに若かざるなり官線の始末は容易なりとして次に私線を如何

にす可きやと云ふに是れは政府の監督權を以て十分に改良を促す可きのみ元來私設は利益

を目的とするが故に只管費用を檢約せんとして或は工事を粗末にし若しくは線路の保存を

怠るが如き弊なきに非ず例へば甲の線路を取れば水害の虞あるを知りながら乙の線路に工

費を要すること多ければとて險を冐して甲の線路を選ぶのみかトン子ルを作るにも煉瓦を

儉約し山を切開くに勾配を急にするが如き敢て珍しからず特に近來は物價騰貴して利益少

なきも株主には配當せざるを得ずして或は枕木が腐るも取代へず線路が傾くも修繕せず橋

梁がガタガタするも其儘にして專ら費用を省かんとするもの少なからずと云ふ危險千萬に

こそあれば政府は監督を嚴にして間違なからしむ可き筈なるに從來其監督は只名のみにし

て工事は如何に粗末にても修繕は如何に不行届にても形さへ備はれば則ち可なりとして敢

て其他を問はざりしが如き形跡なきに非ず現に或る鐵道の如き其トン子ルは世間並の廣さ

なくして他の鐵道會社の機關車を通ずるに足らざれども政府は之を不問に附したるの一事

を見ても其監督の不行届を察するに足る可し私設鐵道の薄弱なるは固より其所なれば今政

府が自家の鐵道の不完全を認めて改修に着手するに付ては私設鐵道をも此際特に檢閲して

工事の不完全なる所は改廢せしめ手入の不行届なるものは修繕を命じて兎も角も年々歳々

少しの風雨にも破損して公衆に不便を與ふるが如きことなから〓〓ざる可らず次に電信に

付て一言せんに〓〓〓鐵道を同じく〓〓不通と爲るは他に事〓〓あらんかなれども要する

に手入を怠り木材の電柱腐朽するも取代へず或は〓き柱に幾十〓個の線を架して殆んど其

重量に堪へざらし〓るが故に風吹けば直に倒れて電信世界の暗黒を來すなり元來風雨の際

の如き全國の被害如何は人々の一刻も速に聞かんと欲する所にして最も電信の必要を感ず

る時なるに其必要の時に當りて例の如く不通とありては如何にも堪へ難き次第なれば颯々

と改良して此不便なからしめざる可らず改良とて別に面倒あるに非ず只腐れたる柱を取替

へ細きものを太くして例年の風雨に堪へしむるまでのことなれば何の造作もなきことなり

此無造作のことをすら爲すこと能はざる樣にては政府は到底その任に堪へざるものと云ふ

も可なり兎も角も既設の鐵道電信を始末して其効用を空うせざるは急中の急務、我輩の切

に勸告する所なり