「政界の近状」
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時事新報に掲載された「政界の近状」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
政界の近状
政治界の有樣は今尚ほ昨の如くにして別に變りたることもなけれども憲政黨の一隅に聊か
怪しむ可き雲なきに非ず自由派の側に於ては或は舊交を温むると稱して是れまで疎遠に打
過ぎたる舊黨員を糾合すると同時に關東派薩派など云へる小黨與が屡々徃來會合して何事
をか協議し進歩派の側に於ても在野の面々は當局者に改革を促すと稱して會合するなど注
目す可き形跡なきに非ず盖し憲政黨の中には我こそ黨の元勳にして第一に採用せらる可き
者なれとて自から大臣次官を以て擬したる輩にして意外にも其選に漏れて不平なるもの少
なからず内に不平あれば外に發するは自然の勢にして前記の運動の如き一は此邊の事情よ
り出づるものなれども又一方より見れば竊に分裂に備ふるの意味もなきに非ずと云ふ次第
は民黨が新内閣を組織して以來僅に三箇月に過ぎず此際内輪に紛議を生じて兄弟手を分つ
が如き如何にも不體裁にして世間に對して面目なきのみか折角得たる地位を失ふも殘念な
らんなれば在朝者に於ては自由進歩を問はず何れも無事平穩を祈るに相違なしと雖も左れ
ばとて打解けて同心一體と爲るを得ず自由派の側に於ては何時如何なる策略を以て進歩派
の爲めに追ださるゝやも知れずとて安心せず進歩派の側に於ても自由派は或は他の政客輩
と結托して何事を仕出來すやも計られずとて油斷せず互に疑心を抱く其機に乘じて藩閥の
殘黨は種々の計を廻らし或は進歩黨と事を共にすれば自由黨は結局伴食たるを免れざれど
も藩閥と提携すれば權力の中心は自から其手に歸して萬事意の如くならざるものなかる可
しなど説く者なきに非ずと云ふいよいよ双方の親睦を妨ぐるものにして互に萬一の塲合に
處するの用意なきを得ず彼の舊交を温むると稱して一種の政客を集めたるが如き或は其用
意の一端にして改革催促の運動も獵官以外に一種の意味なしと云ふ可らず斯くて兩派の交
情次第に疎遠と爲れば結局破裂の外なしと雖も左ればとて急に事變を生ず可しとは想像す
可らず自由進歩の勢力は略ぼ伯仲の間に在りてイザと云ふ塲合に孰れが土俵の外に投出さ
るゝや何人も豫言するを得ず其状恰も小錦と梅の谷との角力の如くなれば互に念に念を入
れて容易に立合はざることなる可し次に孰れが勝利を得るにしても地位の維持に困難を感
ずることならん假に進歩黨が踏止りたりとせよ自由黨は國民協會藩閥黨など總ての不平連
を掻集めて手酷く反對するは知れ切たることにして在朝黨は或は少数なる可し之に反して
自由黨が戰塲の主人と爲るも矢張り不如意を免れず假令ひ藩閥その他の不平連を集めて議
會に多數を制するとしても斯る烏合の衆は久しきを持すること能はざるのみか藩閥には貴
族院その他民黨の手の届かざる所に於て一種の勢力あり此勢力を利用して自由黨を制すれ
ば今日進歩黨と事を共にするよりも一層大なる苦痛を感ずることなる可し自由黨も自から
躊躇せざるを得ず次にいよいよ雌雄を决するには好問題なかる可らず小供の喧嘩の如く只
譯けもなく爭ふこと能はざる可しとして扨そが問題は何なりやと云ふに差當り思はしきも
のなきが如し行政改革は兎も角も一段落を告げて最早や爭ふに足るものなく警視廳問題は
尚ほ殘り居れども是れとても分裂を賭するほどのものに非ず鐵道國有論は自由黨の爲めに
は或は好問題なるが如き觀あれども世間の識者中には反對するもの多きのみならず同黨の
有力者中にも冷笑する者あるほどの次第にして迚も物に爲りさうにもなし豫算問題は既に
落着し增税に付ても兩派の間に異議あるを聞かず數へ來れば差當り死活を賭して爭ふほど
の問題なきが如し且つ又在野黨員の不平も左まで根強きものとは思はれず文官任用令を廢
す可し大に官吏を任免す可しとて議論は喧しきも強ひて爭へば或は失敗して破門せらるゝ
やも知る可らず思ひ切て當局者に迫るの勇氣もなかる可し要するに進歩自由の交情は日に
密ならんよりも寧ろ疎ならんとするの傾きを呈し在朝在野の黨員間にも漸く物議を生ずる
の色なきに非ざれども互に死活を賭するの覺悟もなき模樣なれば當分は矢張り是迄の如く
就かず離れず進まず退かず曖昧模糊の間に日を送りて國民を退屈せしむることならん聊か
記して以て其成行を見んと欲するものなり