「貴族院の效用」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「貴族院の效用」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

貴族院の效用

貴族院の效用は自から重きを持して他をして重きを置かしめ自から政熱の緩和剤として極

端に趨るの弊を防ぐに在り若しも自から政論に關係して喋々の議論を試みることもあらん

には實際に二個の衆院を設くると同樣にして恰も兩院制の妙所を沒却して一院制の實を行

ふものと云はざるを得ず左りとては本來の目的を空うするものに非ずや或は我國の憲法を

見れば貴衆院兩院は同等一樣の權能を有するものなれば他に對して毫も讓る所なきは無論、

實際に政論上に喙を容れて大に氣焔を吐くに非ざれば自から重きを成すに足らずなど思ふ

者もあらんなれども是れぞ思はざるの甚だしき者なれ實際には多言决して重きを成さゞる

のみならず全く無言にして千鈞の重きを成す者なり試に貴院に於ける皇族議員の地位を見

れば開設以來自から可否の數に入らざるの例を成して皇族の中に曾て發言したるものある

を聞かず否な議塲に出席したるものさへなけれども世間の見る所、如何と云へば何人も其

不必要を認めざるのみか眞實、心の底より尊敬して重きを置かざる者なし重きを成すは决

して多言に非ず沈默の中、自から犯す可らざるの威嚴あるを見る可し今の華族の輩は榮譽

の點より云へば自から皇族の次に位するの身分にして其貴院に列するは决して學問知識又

は政治上の伎倆を以てするに非ずして公侯伯子男と稱する其爵位の結果に外ならず其輩に

於て自から考ふるも貴院が他に對して重きを成す所以のものは彼れに非ずして此れに在る

を悟るに難からざることならん左れば單に十露盤の勘定より見るときは華族の如きは恰も

無用の長物、國の厄介物、即刻廢止して差支なきが如くなれども實際に社會の事は甚だ複

雜にして數字一偏を以て律す可らず若しも強ひて此を律せんとするときは種々の邊に故障

を生じて意の如くならず却て之が爲めに社會の秩序を攪亂して容易ならざる騒動を見る可

し人情界の常態、數字一偏の通用せざる所以にして斯る社會に於ては華族の如き時として

大に効用を現はすの塲合なきにに非ず廢止論の如き容易に行はる可らずとして扨實際に其

効用は如何と云ふに世人が貴院に重きを置くものは敢て赫々の功名を望むが爲めに非ず自

尊自重、重きを持して他に動かされず却て他をして憚かる所を知りしめ自から平均緩和の

効用を爲すの一事に在るのみ例へば衆院の多數が興に乘じて極端の議論を唱ふる其議論に

正面より〓對して之を匡正するが如きは既に貴院の〓〓を〓えたるものにして甚だ妙なら

ず實際に〓〓〓の輩が時に極論の説を爲さんとする〓〓ち貴院の〓在を顧みて未だ口に發

せざる中に思ひ返し他の匡正を煩はすに至らずして止むこそ貴院の效用にして是に於てか

始めて他に重んぜらるゝの實を見るものと云ふ可し左れば貴院が政論に熱して衆院と黒白

利害を爭ふが如き自から輕んじて本來の效用を失ふものに外ならず即ち貴衆兩院は均しく

政論の府に化し去りて其趣は恰も二個の政黨が議塲に爭ふの觀を呈し實際に兩院制の效用

を無にするものなれば果して斯くあらんには寧ろ始めより一院制として無益の爭を避るの

利なるに若かざるなり元來世間の一部には或は一院の説なきに非ず兩院一院の利害論は兎

も角もとして我國の社會には華族の一種類を存して恰も兩院の效用を成さしむるの便利あ

り我輩の望を屬する所なるに若しも貴院自から政論の爭に關係して世間の望を失ひ恰も自

から一院制を促すの擧動もあらんには一院の説は次第に勢力を得て或は事實に行はるゝに

至るやも知る可らず我輩の斷じて取らざる所なれば貴院に多數を占むる華族の人々は深く

此邊に注意して自尊自重、他に對して重きを成し以て貴院の效用を空うせざらんこと敢て

希望に堪へざるなり