「市街宅地の增税は商工業いじめなり」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「市街宅地の增税は商工業いじめなり」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

市街宅地の增税は商工業いじめなり

政府にては增税の一科目として市街宅地税を三倍もしくは四倍に引上ぐるの計畫なりと云

ふ近年來地價の騰貴は著しき事實にして殊に市街の地面の如き非常の價を現はしたる塲處

もなきに非ざれば其增率は一見差支なきが如くなれども實際の困難は决して容易ならず強

ひて其困難を犯して增率を行はんとするの必要は何くに在るや畢竟政府の無力なる他に取

る可きの税源ありながら之を取るの决斷なきよりして差當り斯る窮策に出でたるものなら

ん只驚くの外なきのみ實際の利害得失は前號に論じたる如くにして斷じて取らざる所なれ

ども今の政府は漫に議會の多數を賴んで如何なる氣紛れの事を行ふやも知る可らず危險至

極なれば市街の人民たるものは事の未だ决せざるに先だち大に反對して斯る不當の增税を

止めしむるの運動こそ必要なれ我輩の敢て勸告する所なり抑も市街宅地の增税の如き如何

に其理由を云々するも實際には商工業者いじめの手段に外ならず事實明白掩ふ可らざるも

のなり目下の財政策に增税の止む可らざるは何人も異議なき所なれば政府が果して政府た

るの責任を盡し全體の上より見て增税に適當と認めたる税源に課して實際に尚ほ不足とあ

れば地租增徴の計に出づるも止むを得ざるの處置なる可し斯くて全國の田畑共に一般に增

税の塲合に際し市街宅地の價は他に比して騰貴の割合著しければとて其割合に税を課せら

るゝは餘儀なき次第なれども政府の計畫を聞けば田畑の地祖の如きは一厘も增すの意なき

のみか最も增税に適當なる清酒税さへも大に取るの决斷なく砂糖、煙草、賣藥など細々の

税源を求めて細々取らんとする其中にも市街の宅地に對して三四倍の增率とは商工業いじ

めの考に出でたるや問はずして明白なる可し前年の營業税の如き國中の商工業を煩はして

苦情一方ならざるは申す迄もなく今度の增税計畫を見るも多くは間接の種類にして其負擔

は自から市街地の消費者に重きの實を見ることならん自然の結果にして致方なしと雖も兎

に角に市街商工業者の負擔は他に割合せて自から重きを免かれざるの實ある其處に宅地税

の如きは直接に市街の住民に課するものにして重に商工業者の負擔に歸せざるを得ず實際

に疑ふ可らざる所なり而して國の租税に就ては割合に重きを負擔せしめらるゝ其商工業者

の地位如何を見れば議政上の発言權は殆んど無視せられて憐れむ可き有樣なりと云ふ〓ら

今の議會議員の選擧は單に地方農民の利害に重きを置きたるものにして農民の代表者は議

會に〓多數を占むるに反し商工業者の如き適當に其利害を代表せしむるの權利を得ず全國

を平均して農民の多數は疑なけれども商工業の如き今の立國の要素にして農業と並立せし

む可き筈のものにこそあれば商工業に密着の關係ある市街地には特別の權利を與へて其利

害を代表せしめざる可らず一方に議政上の發言權を附與したる上にて適當の租税を負擔せ

しめんとなれば同じ增税にしても自から理由の見る可きものありと雖も今の政府は專ら農

民の多數を味方として單に他の一方に負擔を嫁せんとするものなり市街宅地税の增率の如

き之を目して商工いじめの政略と認めらるゝも辯解の辭はなきことならん若しも此儘、默

許して其政略を通過せしむることもあらんには今後次第に增長して如何なる事を逞うする

やも圖る可らず例へば今度の增税の如き孰れも姑息の小策にして明年度の至れば忽ち不如

意を感じて更らに細税追徴の手段に出でざるを得ず其塲合には又もや商工業いじめと出掛

るや明白なり疑ふ可らざるの成行なれば商工業者たるものは此際大に度胸を定めて自衞自

防の决心肝要なりと知る可し