2021年07月15日 安川寿之輔氏へのメール

last updated: 2021-07-17

このテキストについて

平山氏からの依頼により、2021年7月15日付けの安川 寿之輔名古屋大学名誉教授への電子メールを掲載します。

本文

安川 寿之輔 様

ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです。苅部直さんらと共に安川さんはどうされているのだろう、とうわさしていたところでした。

さて、『さようなら!福沢諭吉』第11号(2021年6月30日)をお送りくださり、大変感謝します。ご活動のますますの発展をお祈り申し上げます。

全140頁といつもよりも分厚く、内容も前田朗「日本植民地主義をいかに把握するか(七)」、朴貞花・安川寿之輔「日本帝国主義の文化ジェノサイド」、田村光影「抵抗は義務か?ゲオルグ・エルザ―と尹奉吉」、雁屋哲「アへ・ヒンゾーを許さない」、竹内真澄「福沢諭吉における普遍的価値の欠落」、長谷川了一「片田舎での市民の憲法運動の報告」、岩本勲「機関誌『さようなら!福沢諭吉』第10号への寸評」、清水寛「植木枝盛研究ノートー「権利と能力」論を中心に」、杉田聡「植木枝盛と福沢の「官民調和」論批判」と内容も充実していますね。

全部読んだのですが、どうもよく理解できないのは、何としても日韓友好を推進したい、という強い意欲がどの論文にも感じ取られるところです。ご存じのように、かつて日本が韓国にしたことについての金銭的な清算は、すでに1965年日韓条約での経済協定(1800億円)と2015年合意(10億円)で終了しております。そのうえでも相手が日本とは仲良くしたくない、と言っているのに、なぜこちらから近寄らなければならないのでしょうか。

私としては、日本と韓国の関係は、気持ちよく別れた夫婦の関係がもっとも望ましい、と考えています。いろいろごたごたもあり、一緒にいて不愉快なこともあったが、今の時点ではきっぱりと縁を切ることで、いずれまた友達になれるかもしれない、そうした関係とするのがお互いの将来にも最善となると思うのです。なお、この例えは国家間の関係のことであって、個人間のことではないのは言うまでもありません。

そのように思いつつ、私の研究に関係する部分はないものかと見渡したところ、杉田さんの論文の最後にどうやら私に触れているらしい部分がありました。それは1884年12月の朝鮮甲申政変への福沢諭吉の関与についてで、「補足として、福沢が甲申政変に関与した事実を示す明確な証拠をあげておきたい。中にはいまだに福沢の政変関与を疑う、もしくは明確に否定する論者がいるからである」とあるのは、私かあるいは慶應大学福沢研究センターの都倉武之准教授のことですね。

それにしても杉田さんは本当にすごいと思います。というのは、彼が福沢関与の決定的証拠として持ち出しているのは、とっくの昔に信憑性を否定されてしまった井上角五郎著「朝鮮事変に就いて」(1929)と石河幹明著『福沢諭吉伝』第3巻(1932)とであるからです。井上は政変時に時事新報特派員として朝鮮に駐在していたのでした。

杉田論文には福沢が甲申政変の「前」に多数の日本刀を朝鮮に送ったとあるのですが、福沢が横浜の商社を通じて何かを「100本」送ったのは甲申政変の1年4ヶ月後で、それはおそらく万年筆であったと私は思います。また日本刀については、政変で負傷した閔泳翔への見舞品として送ったのははっきりしていて、それは政変4ヶ月後のことです。いずれにせよ政変「後」であって「前」ではありません。だいたい日本の関与が疑われてしまう日本刀を政変のために用意するなど、奇妙なことでしょう。

また井上が日本外務省の密偵として働いたのも政変後のことで、政変前ではなかったことが外交文書によって証明されています。政変後には再び朝鮮にわたって事大党政権のために働くのですが、もし井上が甲申政変の実行犯だったとしたら、朝鮮政府は自分たちを襲った犯人を雇用したことになります。

さらに杉田論文では重要人物として飯田三治があげられているのですが、この人物が慶應に留学していた朝鮮人留学生たちの世話役であったことは周知の事実です。

飯田家は福沢家の親戚で、飯田平作・三治兄弟はまさに腹心といってよい存在でした。政変後亡命してきた金玉均らの世話役にもなっていて、そのために大金を預かっていたのは間違いないですが、だからといって政変自体に関与した証拠にはならないわけです。

こうした事実の詳細については拙論「福沢諭吉は朝鮮甲申政変の黒幕か」(『アジア独立論者福沢諭吉』(2012)所収)に書いてあるのでぜひご一読ください。

さて、最後になりますが、今度YouTubeの番組で福沢の生涯と思想の解説をすることになりました。「福沢諭吉とは誰か」 https://youtu.be/9PxRVlxmoYs で、生放送は7月19日(月)の午後9時からで、コメントも寄せられるようです。お誘いあわせの上ぜひご覧ください。

ともかく安川さんがお元気そうで、私もますますやる気が出てきました。これからますます暑くなると思いますが、お体にお気をつけください。

平山 洋