『概説日本思想史〔増補版〕』 「増補版刊行にあたって」

last updated: 2020-12-20

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平山氏より、編集代表として携わった『概説日本思想史〔増補版〕』(ミネルヴァ書房)の「増補版刊行にあたって」を掲載するよう依頼がありました。

本文

増補版刊行にあたって

本書上梓の志については編集委員による「日本思想史への招待」を、また初版刊行までの経緯と編集の方針については佐藤弘夫代表による「あとがき」を読んでいただきたい。ここでは増補版刊行にいたるまでの経過について述べる。

2005年(平成17)4月の初刷以来すでに7刷となっていた初版の改訂について、編集者の田引勝二氏より平山に相談があったのは2015年(平成27)10月のことであった。初版の一編集委員にすぎぬ平山に話が持ちかけられたのは、その時点で3冊の著作を同書肆より刊行していたことによると考えられる。田引氏によれば、初版の企画が立ち上がってから15年、刊行されてからも10年が過ぎて、その後の研究の蓄積により内容の修正が必要になってきた、ついては改訂に向けての素案を練ってほしい、とのことであった。佐藤編集代表の承認のもと、平山による改訂案が提出されたのは同年12月のことである。

素案をまとめるために改めて初版を熟読したところ、十分な準備段階を経て刊行されたその完成度は(自画自賛の謗りは免れないが)相当に高く、抜本的な書き換えの必要はないと思われた。ただし、細部を見ると担当者が独自に執筆したため各章同士のつながりが悪いところがあり、また、当然触れられていなければならないのに言及されてない人物や事件がいくつか見受けられた。そこで改訂案では、全体としては初版の小規模な変更に留め、編集側から各担当者に修正の提案をすることで対応することにした。また、21世紀初頭の思想状況を扱う第26章を新たに増補することも決められた。

増補版刊行のスケジュールについては、当初は2016年3月の8刷の在庫がほぼ尽きる2017年秋が予定されていたが、ここで不測の事態が生じた。それは平成の天皇の生前退位である。すなわち2016年7月13日のNHKによる「天皇陛下が『生前退位』の意向示す」というスクープ報道に始まり、8月8日には天皇ご本人の「ビデオメッセージ」が公開されたことにより、平成時代が早期に幕を閉じることが確実となって、その時代が終わる前に増補版を刊行するのが適切かどうかについての疑問が芽生えたのである。

政治的権能を有しないとされる天皇の位によって時代が画されると考えるのは、本来奇妙なことである。しかし事実として本書初版の近現代の部は明治・大正・昭和という3代の天皇の在位によって区切られている。その点を考慮するならば、増補される第26章は平成思想史とするのが望ましくもある。かくして退位日を2019年4月30日とすることが2017年12月8日の閣議で決定されて、増補版の刊行はその退位後と定まった。2018年3月に担当者の打合せの会が催され、今版の編集代表を平山とすることが了承された。

各担当者への修正の依頼という形式で執筆されているため、改訂の程度は各章・コラムで様々である。4名の物故者、荻生茂博・菅基久子・三橋正・吉原健雄の担当分は初版のままとした。また、「第16章 神道と国学」「第26章 平成思想史」「コラム5 宿世」「コラム20 帝国日本」は完全な新稿である。

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増補版のための原稿がそろい、上記の「刊行にあたって」が書かれたのは2019年12月初旬のことであった。当時の予定としては2020年2月末には完成して店頭に並ぶはずが、おりしも中国武漢に発した新型コロナウィルスの世界への拡大により作業は中断して、刊行も延期されることになった。新型コロナ肺炎について広く知られるようになったのは1月中旬からと記憶する。制度の変更により最後となる大学入試センター試験は、受験生・試験監督ともにマスク着用ということで実施され、大学の講義・定期試験などについては特段の措置はとられぬままであった。

ところが2月に事態は一変したのである。横浜港に入港した大型クルーズ船内で新型コロナの集団罹患が発生し、また外国人観光客による国内への感染が報道された。2月13日に国内初の死者が確認されたことで事態は緊迫し、2月末の各大学ごとの2次試験は厳戒態勢のもとで実施された。2月27日、安倍晋三首相は3月2日からの小中高校全国一斉臨時休校を要請、3月13日には新型コロナウイルス特別措置法が成立した。さらに3月24日には国際オリンピック委員会(IOC)と東京2020組織委員会が大会の延期を発表した。

このような状況下で教育界では卒業式も入学式も実施できないという事態に立ち至った。

4月7日、埼玉・千葉・東京・神奈川・大阪・兵庫・福岡の7都府県に対して緊急事態宣言が発令され、4月16日にはそれが全都道府県に広げられた。5月4日には安倍首相により緊急事態宣言の継続が発表された。人的な移動は制限され、経済も動かなくなった。学校が閉鎖されたため、授業は主に遠隔での実施である。その後宣言は5月14日以降徐々に解除されたものの、事態は完全には終息せず、7月29日に最後まで残った岩手県で初の感染者が確認された。国内累計感染者数が6万人を、また死者の総数が1200人を超えた8月28日、健康状態の悪化を理由に安倍首相が退陣の表明をした。

9月8日、内閣府が発表した2020年4月から6月期の国内総生産(GDP、季節調整済み)改定値は、物価変動の影響を除いた実質で前期比7.9%減、年率換算では28.1%減と1945年以来最大の下げ幅である。そうした中、9月16日に菅義偉内閣の成立をみたのだった。

2020年に入ってからのこの9ヶ月の政治的経済的変動は、間違いなく1945年以来最大の事象である。これから先、時代の画期は今までの1945年を起点とするものから、2020年を起点とするものへと切り替えられることになるのではなかろうか。

2020年9月22日

平山 洋