「2012年1月11日付安川寿之輔氏への書簡」
このテキストについて
平山氏から安川寿之輔氏への書簡を平山氏の了解のもと掲載します。
本文
拝 復
韓国語版『福沢諭吉のアジア認識』への反響についての資料ありがとうございました。
訳者の李香哲(光云大学東北アジア通商学部教授)さんが紹介する<『福沢諭吉のアジア侵略思想を問う』に対する韓国側の反応>によると、「この本に対する韓国のマスコミの反応はかなり爆発的で・・・『文化日報』『世界韓人新聞』はほとんど新聞一面、『朝鮮日報』『ハンギョレ新聞』『プレシアン』『アジア経済(エコノミックレビュー)』は二分の一面、『中央日報』『東亜日報』『国民日報』『連合通信』などは、四段以上の紙面を割いてこの本を紹介している。程度の差はあれ、進歩系か保守系かに関係なく、この本を紹介しないマスコミはないくらいであった。」という、ぼくの(中国よりは韓国の方が反響は大きくなるのではという)予想をこす韓国のマスコミの反応・反響のせいで、同書初版1000部は、発売1ヶ月余ですでに800部売れたとのこと。
韓国での大反響まことにおめでとうございます。私も韓国で翻訳されたとうかがい、インターネットで検索してみたのですが、そのような気配はまったくなかったので、韓国では福沢諭吉への関心はあまり盛り上がらないのかな、と残念に思っておりました。あるいは韓国には依然として国家保安法が施行されているため、安川さんの意見に賛同するのにははばかられる雰囲気があるのかもしれない、と邪推しておりました。このような反響は、韓国の民主主義の熟成を示すものとして、大いに喜ぶべきことと思っております。
反響についての補足資料「韓国メディアの書評」には、上の引用にある10紙のうち4紙の書評記事の翻訳が紹介されています。紙名・掲載日・タイトルを順に挙げるならば、
というもので、どれも次に引用するジャーナリスト崔鐘旭氏による「書評『福沢諭吉の戦争論と天皇制論』」(朝鮮新報 2006・9・8)の『福沢諭吉のアジア認識』に関する部分と ほぼ同じ内容になっています。1 ハンギョレ新聞(2011・4・8)「明治政府のお師匠」様から臭う帝国主義の悪臭 福沢諭吉のすべての文章・発言を分析「力こそ正義」、「民権より国権」などを主張 自由主義者の名声の裏側に醜悪な本当の姿
2 世界韓人新聞(2011・4・9)近代日本のお師匠様、実体は侵略戦争の扇動家 日本の紙幣の肖像「福沢諭吉」のアジア蔑視と侵略の先導
3 文化日報(2011・4・8) 「日鮮の偉大な思想家、実態は侵略主義者」1万円札の肖像人物 「福沢諭吉のふたつの顔」(注1)
4 中央日報(2011・4・9) 福沢諭吉 日本の近代化の英雄か または醜悪な帝国主義者か(チョ・ウソク 文化評論家)
「福沢諭吉全集」を通じて浮かび上がる実像とは、中国、朝鮮などに対する徹底したアジアべっ視、冷厳な弱肉強食論、侵略戦争の扇動と植民地化政策の推進、関与、天皇制の国策的活用、国権至上主義、のちの大陸侵略、「大東亜戦争」の「盟主」思想の先駆、「尽忠報国」「報国致死」「臣民」思想の鼓吹など枚挙にいとまはない。さらに皇軍構想、権謀術数的「内危外競」路線と靖国の思想、のちの「従軍慰安婦」や悪名高い「三光作戦」につながる思想、ひいては国民愚昧化教育の提唱、女性蔑視、差別…など、およそ自由、人権、民主主義とは正反対の人物像である。
朝鮮総連の機関紙である朝鮮新報と韓国の新聞の評価が同じというのは奇妙だとも思われて、4紙の紙名を確認すると、2と3はまったく無名、1は1987年創刊の左翼系(安川さんらの用語では進歩系)新聞だと分かりました。また4は有力紙ですが、筆者のチョ氏の本業は音楽評論家ということで、21世紀に入ってからの福沢諭吉研究の動向は何もご存じないようです。
さて、ここで興味が惹かれるのは、この4紙以外の残る6紙がどのような報道をしたのか、ということです。1から4のうち、韓国の世論にいささかなりとも影響を与えられたのは4だけと思われますが、韓国3大紙の残る2紙である朝鮮日報(二分の一面)と東亜日報(四段)がどのような論調であったのか、これには大きな関心があります。
というのも、日本に多数の特派員を派遣している韓国の大新聞が、安川・平山論争とその帰結について何の情報も得られていなかったとすれば、ジャーナリズムとして合格点をつけるのは難しいことだからです。多面的な評価を自らの価値観で切り取り、自らの立場を明確にしてこその言論でしょう。もし韓国の言論界が、福沢諭吉の評価を巡っての安川・平山論争についてまったく口をつぐんでいたとするならば、そこには知の怠慢があったと言わざるをえないのです。ご存知ならご教示いただければ幸いです。
現在ご病気の療養中とのこと、なにとぞお体を大切にしてください。
敬 具
脚注
- (1)
- 「日鮮」はママ